24.09.02 update

<特集>今、時代劇が熱い! 第2弾、藤沢周平時代劇のまなざし

 今から30年ほど前、まだ50歳になる手前の二代目中村吉右衛門にインタビューをしたことがある。そのときの言葉は今も記憶に残っている。

「すでに完成された総合芸術である歌舞伎が大きく飛躍するためには、天才が必要です。次の天才が現れるためにも、歌舞伎のこれまでの流れを絶やしてはいけない。歌舞伎を絶滅してしまった恐竜にしないためにも、ぼくはその伝統をいじらず、次へとつなげたい」(『JAPAN AVENUE』1993年6月号より)

 この発言の「歌舞伎」という言葉を「時代劇」に置き換えても、違和感はない。時代劇もまたその伝統を受け継ぐことで飛躍を遂げてきたのである。中村吉右衛門は自身の役割を「つなぎ」と謙虚に語ったが、歌舞伎においては天才と評された初代吉右衛門をしのぐ演技を見せ、人間国宝(2011年)にも認定された。そして、時代劇においても大きな足跡を残した。

 そう、池波正太郎原作の『鬼平犯科帳』の主人公・長谷川平蔵役である。

 インタビューをしたのは中村吉右衛門がテレビで鬼平を演じるようになって4年が過ぎようとしていた頃。ここから2016年12月まで全150本を演じきった。それまで鬼平は初代松本白鸚(当時は松本幸四郎)、丹波哲郎、萬屋錦之介が演じてきたが、中村吉右衛門によって完成されたというのは衆目一致する見方だった。

 鬼平は身を挺して悪と徹底的に闘う。しかし、ただの善玉ヒーローではない。若い頃には放蕩無頼の日々を過ごし、市井の人たちの人情の機微に通じた繊細な優しさを持ち併せている。洒脱で、食道楽でもある。部下や密偵、ときには盗賊にも慕われる。そんな鬼平に扮した吉右衛門は絶品だった。「長谷川平蔵=中村吉右衛門」は時代劇ファンの共通認識となった。だから、彼が鬼籍に入ったことで、もう2度と新しい鬼平作品は見られないものと多くの人が思ったものだ。

 ところが、である。

 長谷川平蔵は颯爽と帰ってきた。演じるのは十代目松本幸四郎。これがすこぶるいいのだ。快活で、色気があって、声に艶がある。凄みや迫力という分かりやすい個性だけでなく、とっぽくてお茶目な気配も画面から立ちのぼってくる。

 幸四郎版のSEASON1第1弾となったテレビスペシャル「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」では、火付盗賊改方長官に就いたばかりの平蔵が「本所の銕」と呼ばれた青春期の思い出とつながる事件に向き合う。若き日の鬼平を演じるのは幸四郎の長男・市川染五郎。言うまでもなく幸四郎の祖父は松本白鸚であり、中村吉右衛門は叔父。冒頭の吉右衛門の言葉を借りれば、『鬼平犯科帳』の伝統は4つの世代に渡ってつながったのである。

 鬼平の周辺に配されたおなじみの人物も、演じる役者は様変わりした。本宮泰風(筆頭与力・佐嶋忠介)、浅利陽介(同心・木村忠吾)、火野正平(密偵・相模の彦十)、中村ゆり(密偵・おまさ)ら、個性も実力もある脇役が鬼平の周辺を惑星のように動き、話は重層的に展開する。第2弾の劇場版『鬼平犯科帳 血闘』では屈指の人気キャラクター、おまさの存在がクローズアップされる。色香の奥に一途さや切実さを漂わせ、中村ゆりの当たり役になりそうだ。

『血闘』では鬼平を激しく憎む残忍な悪役、網切の甚五郎(北村有起哉)が現れ、鬼平を罠にはめようと暗躍する。物語は前作以上に緊迫し、鬼平の感情も揺れる。躊躇と果断。憂慮と豪胆。冷徹と慈愛。対立する要素が瞬時に入れ替わりながら、鬼平は鬼平らしさを増していく。

 山下智彦監督以下、撮影、照明、美術、小道具に至るまで、時代劇をつくるうえで最高水準の職人が揃い、見事な映像を紡いでいるのも本シリーズの美点だ。とりわけ障子や襖を生かした日本家屋の端正な構図。差し込む光や影が画面に陰翳をもたらし、軍鶏鍋から立つ湯気一つにも風情が漂い、物語に深みを運び込む。

 もちろん、クライマックスには時代劇の醍醐味である殺陣が待っている。精緻な構図を壊さんばかりに剣と剣が激しく交わり、活劇の血管が脈を打ち始めるのだ。その中心にいる松本幸四郎のしなやかな剣さばきを見ていると、新しい鬼平による、新しい時代劇が幕を開けたことをあらためて実感させられる。

1 2 3 4 5 6

映画は死なず

新着記事

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

  • 2024.11.20
    能登の子どもたちや被災者を、美しい音楽で励ましてく...

    被災者に勇気を与えるウイーン・フィルの活動

  • 2024.11.20
    指揮・坂本龍一✕東京フィルハーモニー交響楽団による...

    坂本龍一の伝説のコンサートを映画館で!

  • 2024.11.19
    ベートーヴェン「第九」初演から200周年の記念すべ...

    12月31日特別先行上映、1月3日から1週間限定公開!

  • 2024.11.19
    敷寝具から枕まで世界最大級の熟睡ブランド、〈マニフ...

    特別モデル【エコ サンドロ】限定3000台の予約開始!

  • 2024.11.18
    公募展の発祥地〈東京都美術館〉のテーマは「ノスタル...

    芸術活動を活性化させ、鑑賞の体験を深める

  • 2024.11.18
    女優「高峰秀子」と妻「松山秀子」─日本映画史に燦然...

    高峰秀子という生き方

  • 2024.11.15
    本格イタリアンをご家庭で、日清製粉ウェルナの「青の...

    応募〆切: 12月20日(金)

  • 2024.11.15
    京都のグンゼ博物苑で、昭和の激動時代の魅力を伝える...

    グンゼの創業の地で、「昭和レトロ展」

  • 2024.11.14
    「嵐」と並ぶシングル58曲連続トップテン入りを果た...

    THE ARFEE「メリーアン」

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!