24.09.02 update

<特集>今、時代劇が熱い! 第2弾、藤沢周平時代劇のまなざし

 そもそも日本映画は時代劇とともに始まり、1920年代に最初のブームが訪れた。現代劇の巨匠・小津安二郎でさえ1927年の監督デビュー作『懺悔の刃』(フィルムは焼失)は時代劇だった。2度目の時代劇ブームは1950年代。終戦後しばらくはGHQの封建的忠誠心を礼賛する映画は禁止するという方針により、時代劇の製作は事実上不可能になった。しかし占領体制が終わると、時代劇は瞬く間に娯楽の王道となり、萬屋錦之介、大川橋蔵、市川雷蔵ら多くの時代劇スターが誕生する。1960年代に入るとテレビの台頭とともに映画産業は衰退するが、時代劇は銀幕からブラウン管へと主戦場を移し、ここから「水戸黄門」、「銭形平次」、「大岡越前」、「遠山の金さん」など国民的な人気コンテンツが次々に生まれた。そして、テレビ時代劇にもターニングポイントが訪れる。2011年、「水戸黄門」の終了とともに、時代劇は地上波における民放のレギュラー枠から姿を消してしまう。

 これより10年ほど前に、衛星放送で始まったのが「時代劇専門チャンネル」である。開局以来、往年のテレビや映画の人気時代劇、隠れた名作を放送してきたが、「水戸黄門」が幕を閉じた2011年からは、新作のオリジナル時代劇を制作・放映するようになった。この意味は大きい。

 時代劇と現代劇とではセリフはもちろん、衣装やセット、アクション(殺陣)に至るまでまるで違う。見せ方も撮影方法も異なる。日本の文化ともいえるこうした技術やノウハウを次の時代へ継承していくためにも、新作の制作は不可欠だ。役者も同様で、刀の扱いや足の運びなど立ち振る舞いは一朝一夕に身に付くものではない。数々の時代劇に出演した仲代達矢も、時代劇初出演の『七人の侍』では黒澤明監督から「刀の差し方が違う」「歩き方がなってない」と怒鳴られ、歩くだけのわずか数秒のカットの撮影に6時間を要した。そういう世界なのだ。

 オリジナル時代劇で描かれるのは分かりやすい勧善懲悪の世界ではない。第1作の「鬼平外伝 夜兎の角右衛門」から「熊五郎の顔」、「正月四日の客」、「老盗流転」、「四度目の女房」と続いた外伝シリーズ5作の主人公は盗賊やその周辺人物。江戸の闇がノワールタッチで描かれる。同じ池波正太郎原作で、劇場公開もされた『仕掛人・藤枝梅安』2部作は人気のピカレスク作品を梅安と彦次郎、2人の友情物語に仕立てたところが新鮮だ。バディ映画の趣きに味がある。

 オリジナル時代劇の一方の柱が池波正太郎作品なら、もう一つの柱は藤沢周平原作の作品だ。藤沢周平は社会の底辺にいる下級武士や町人の哀歓や葛藤を描くことを真骨頂としたが、「果し合い」は老いた武士の最後のひと働きをハードボイルドに描いた一作。ここで渾身の演技を見せた仲代達矢は、続く「帰郷」では30年間待望した主人公を演じ、老境の悲哀に迫った。さらに「闇の歯車」は現代にも通じるサスペンス劇の秀作。北大路欣也の「三屋清左衛門残日録」シリーズは、窮屈な武士社会にあっても自分の生きる流儀を失うことのない侍の清廉が気持ちいい。

 こうしてオリジナル時代劇の一連の作品を俯瞰すると、時代劇がいかに豊潤で可能性に富んだジャンルかが分かる。

 再び二代目中村吉右衛門のインタビューでの言葉を引用したい。

「歌舞伎は日本人が長い時間をかけ、経験や感覚の中でじっくり培ってできたものです。歌舞伎が追いかけてきたのは、かなわぬ〝夢″のようなものかもしれない。でも、そんな夢ばかり追いかけるところが僕には合っている」

 これも「歌舞伎」を「時代劇」に置き換えていいだろう。時代劇は日本人が追い求めてきた夢であり、エンタテインメントである。日本人が夢を忘れない限り、その世界は存在し続けるはずだ。


米谷紳之介(こめたに しんのすけ)
1957年、愛知県蒲郡市生まれ。立教大学法学部卒業後、新聞社、出版社勤務を経て、1984年、ライター・編集者集団「鉄人ハウス」を主宰。2020年に解散。現在は文筆業を中心に編集業や講師も行なう。守備範囲は映画、スポーツ、人。著書に『小津安二郎 老いの流儀』(4月19日発売・双葉社)、『プロ野球 奇跡の逆転名勝負33』(彩図社)、『銀幕を舞うコトバたち』(本の研究社)他。構成・執筆を務めた書籍は関根潤三『いいかげんがちょうどいい』(ベースボール・マガジン社)、野村克也『短期決戦の勝ち方』(祥伝社)、千葉真一『侍役者道』(双葉社)など30冊に及ぶ。

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