久世光彦のテレビ

痩せがまんのかっこつけ屋

 白い紙に、思いついたフレーズや言葉、俳優の名前などが脈略なく書かれていく。書くのは久世さんで、先の尖がった鉛筆で書かれるのは字よりグルグルの渦まきとか、グシャグシャの斜め線とか、そんなものの方がずっと多い。話しながら自然と鉛筆が動いてしまうのだろう。可能性にあふれた白い紙がほぼ黒く塗り潰されたころ、作られるドラマの輪郭もぼんやり見えてきて、打ち合わせはお開きとなる。

 とっぷりと陽も暮れたこのあとは、久世さんの大切な麻雀タイムになるのだろう。席を立とうとする久世さんに、私は言う。「久世さん。その紙ちょうだいね」。初めてそれを言ったとき、久世さんが驚いたような嬉しいような顔でクスッと笑った。「いやあ、同じことをいうんだなぁ。向田(邦子)さんもね、打ち合わせが終ると、この真っ黒な紙きれを欲しがるんだ。何の役に立つのかねぇ」

「源氏物語」の撮影スタジオで打ち合わせ中の久世さんと脚本を担当した向田邦子さん。

 たぶん向田さんも、「私はちゃんと打ち合わせをしたんです。決してさぼってばかりいるわけじゃございません」という証明書が欲しかったのだ。これがあればまたしばらく仕事に近づかなくても、罪の意識は軽減される。モノ書きの考えることなんてたいてい似たようなものだ。

 それなのに久世さんは、無体なことを当たり前のように投げつけてくる、「ホン、いつ出来るの?今週中?」。えッ、今週ってあと四日しかないじゃない。「あのさ、テレビの二時間のホンなんて、三日もありゃ書けるでしょ?」冗談じゃない、一週間はかかります。「よし。じゃぁ、五日だ」。頭にきて五日で書きあげて会社に連絡すると、手下(てか)のスタッフが電話口に出てきて「久世さんはゴルフですよ。泊りがけだから、いつ連絡つくかなぁ」と楽しそうに言うではないか。こんな時、本当にクッソジジイと思ったものだ。

 久世さんのクソジジイぶりについてはみんなが知っていた、というより、受け入れていた。たとえばドラマのアイディア、とりわけキャストでよいアイディアが浮かんだので伝えると、ニ日後にはまるでそれを思いついたのは自分だとばかりに電話で「おい。いい役者を思いついたぞ、〇〇はどうだ」と威勢がいい。ちょっと、そのアイディアは私が……。でも、その言葉はぐっと飲み込んでしまう。だって久世さんは、本当に自分のアイディアだと思っているんだもの。それくらいドラマ作りが、役者が好きなのだ。のめり込んでしまうのだ。勿論、加齢による物忘れもあったかもしれないけど。向田さんも同じことで憤慨していたらしい。「いいとこは全部自分にしちゃうんだから」と言って。それなのに、それでも、みんなが久世さんのことを好きなのは何故なんだろう。

向田邦子新春スペシャル第1作「眠る盃」(昭和60年)の撮影現場での久世さんと森繁久彌、工藤夕貴。

 久世さんの手下のスタッフたちと飲み食いをしていると、必ず久世さんの悪口・陰口で盛り上がった。でもそれがちっとも陰湿なんかじゃなくて、嬉しくてたまらないように「うちのボスはこれだからさぁ」みたいな感じ。そんな夜毎の飲み食い代は全部会社もち、久世さんの働きに依っているわけで、いくらバブルの名残があるころとはいえ甘やかしてるなぁと思いつつも、そんな久世さんが嫌いじゃなかった。

 たとえばTBSを辞めた先輩・後輩も高額の給料で引き受けていた。いつだったかポツリともらしたことがある。「俺はカッコつけたがりだからさ、お山の大将になりたいだけなんだ」。そんな久世さんを見て、この人は上品な義侠心の人だと感じた。他社の才能を妬んだり、私的財産を肥やそうとする輩はいっぱい見てきたけれど、久世さんみたいな痩せがまんのかっこつけ屋さんには滅多におめにかかれない。だから手下たちも尊敬と大好きをこめて、悪口・陰口をたのしめたにちがいない。但し、そんな久世さん故か、会社はやがて破産申請するハメになるのだが。

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