山本リンダの「こまっちゃうナ」から「どうにもとまらない」波乱の人生を振り返ると昭和歌謡が見えてくる
遠藤実のレコード会社を救ったヒット曲
蜷川幸雄演出の名舞台『近松心中物語』で太地喜和子と平幹二朗の道行を美しく、ドラマティックに盛り上げた名曲 森進一「それは恋」
1979年2月~3月、舞台『近松心中物語』初演の主題歌
トヨタのマークⅡでドライブしながら何度も聴いた、稲垣潤一「ドラマティック・レイン」は音楽プロデューサー・秋元康の出世作だった
「ハコバン」から28歳でデビュー
下町の太陽、庶民派女優といわれながら都会の大人の女になった倍賞千恵子の大ヒット曲「さよならはダンスの後に」
150万枚のミリオンセラーを記録
「しあわせになりたいなぁ」と呟くように歌唱する、国民的演歌歌手・都はるみの「しあわせ岬」を聴きながら彼女自身の有為転変を想う
「はるみ節」で、レコード大賞3冠受賞
六角精児の弾き語りで蘇った、昭和ポップス界のレジェンド、ムッシュかまやつの「どうにかなるさ」
田邊昭知が結成した「ザ・スパイダース」のメンバー
日活青春コンビが歌い大ヒットした〝ベンチャーズ歌謡〟第1作、和泉雅子&山内賢「二人の銀座」
ベンチャーズ歌謡の大ブームを巻き起こした
庄野真代の「飛んでイスタンブール」がリリースされたのは成田空港が開港した1978年、みんなが海外旅行の夢を抱いた
未知の都市「イスタンブール」に憧れて
『ブギウギ』の淡谷のり子のドレスアップと重なる燕尾服、直立不動で歌う「名月赤城山」の東海林太郎には流行歌手の矜持があった
東映映画『国定忠治』の名文句が忘れられない
70年代前半、愛くるしいスマイルで一世を風靡した国民的アイドル〝ソニーの白雪姫〟天地真理「想い出のセレナーデ」
〝真理ちゃんシリーズ〟で国民的アイドルに
喜寿のコンサート!?益々盛んな中尾ミエにあやかって、一緒に歌おう「可愛いいベビー」ハイハイ!
コンサート会場は、有楽町のI’M A SHOW (アイマショウ)
レコード大賞受賞曲「天使の誘惑」の翌年にリリースした歌い継がれるヒット曲 黛ジュン「雲にのりたい」
アイドル時代の長山洋子もカバーした
14歳でデビュー、15歳で紅白歌合戦初出場、24歳で日本レコード大賞 最優秀歌唱賞受賞の森昌子、「越冬つばめ」は歌手としての覚悟ができた曲だった
「ヒュールリー ヒュールリーララ」
昭和34年上皇ご成婚の年に一世を風靡した、ペギー葉山の「南国土佐を後にして」が〝奇跡の歌〟といわれる理由
「ドレミの歌」「学生時代」などのヒット曲も忘れられない
1976年日本レコード大賞の大衆賞を受賞し、号泣した姿が忘れられない 郷ひろみ「あなたがいたから僕がいた」
76年8月1日リリース。作詞・橋本淳、作&編曲・筒美京平のコンビ
盟友・松本隆の追悼の辞「北へ還る十二月の旅人よ」に送られて2013年12月30日、65歳で旅立った大滝詠一「さらばシベリア鉄道」
成瀬巳喜男監督の研究もしていた!
アイドル・桜田淳子を大人の歌手に飛躍させた、中島みゆき作詞・作曲の「しあわせ芝居」
1977年11月5日リリース
洋楽、和製ポップス系歌手だった20歳の伊東ゆかりが「小指の想い出」の大ヒットで美しき大人の女性になった
中尾ミエ、園まりとともに〝スパーク三人娘〟といわれた
紅白歌合戦での46回の紅組最多出場を誇り、さらに前進し続ける現役女性演歌歌手のトップランナー 石川さゆり「能登半島」
「津軽海峡・冬景色」に次ぐ旅情三部作の一曲
第20回日本レコード大賞で金賞ノミネート曲、亡き大橋純子「たそがれマイ・ラブ」は明治の文豪、森鷗外の小説『舞姫』から生まれた
1978年、TBSの3時間ドラマの主題歌だった
リリースから50年、今なお心に響く名曲「五番街のマリーへ」(ペドロ&カプリシャス=髙橋真梨子)を歌いながらN.Y駐在の男たちは泣いていた
作詞・阿久悠、作曲・都倉俊一コンビによる名曲
〝ルリ子ブーム〟が巻き起こった1969年、「愛するって耐えることなの」も流行語になった大ヒット曲 浅丘ルリ子「愛の化石」
井上梅次監督に浅丘ルリ子と命名された昭和のスター
稀代の作詞家・阿久悠が岩崎宏美「思秋期」のレコーディングで見せた涙
77年9月5日リリースシングル11曲目
ボニージャックスの「ちいさい秋みつけた」、こんな童謡を聴いて育った昭和の子どもたちは幸せだ
作詞:サトウハチロー、作曲:中田喜直
小柳ルミ子、天地真理と共に〝新三人娘〟と呼ばれ、〝世代的共感を歌うアーティストの始まり〟とも評価された〝ソニーのシンシア” 南沙織「色づく街」
作詞・有馬三恵子、作曲&編曲・筒美京平コンビ






































