new 25.11.28 update

第17回『東宝映画スタア☆パレード』岡田茉莉子&有馬稲子 東宝に居場所を見つけられなかった〝悲運〟のヒロインたち

 
 一方の有馬稲子は1934年4月生まれ。複雑な家庭環境のもと、韓国と日本を往復する幼少期を送り、戦後、漁船での密航という劇的な方法で引き揚げると、大阪の実父のもとで辛い少女時代を過ごす。
 過酷な現実から抜け出すべく受験した宝塚音楽学校に、難関を突破して合格(943人中69人)したのは、養母から習った日舞の腕もさることながら、中学の学芸会で「美少年」と称された端正な容姿が買われたものであろう。


 翌49年に進んだ宝塚歌劇団では花組に編入。養母の名を継いで「有馬稲子」を名乗る。
 50年、早くも頭角を現した有馬は、東宝『寶塚夫人』(51)で映画初出演。映画に向いていたのか、豊田四郎監督『せきれいの曲』のヒロイン(音楽学校の生徒役:美智子上皇后も記憶に残ると有馬に語った)に抜擢、千葉泰樹監督『若人の歌』では池部良の恋人役を務める。


 52年秋、東宝から『ひまわり娘』への出演を請われ、渋っていた歌劇団側も了承。53年1月に東宝入りが決まった有馬(※3)が「演技の勉強になる仕事にだけ出してほしい」、「俳優座で演技の勉強をさせてほしい」と求めたことや、『二十四の瞳』の原作権を得るべく自ら壷井栄のもとに出向いた逸話からは、彼女の強い上昇志向が窺える。


 「第二の原節子」として売り出しを図る東宝が有馬に与えたのは、水谷八重子の娘役『母と娘』、池部良とのコンビ作『都会の横顔』、小泉博と結ばれる『幸福さん』など、いずれも主役級の役柄ばかり。しかし、彼女の満足度は低く、マスコミへの対応を拒んだりしたことが会社の不興を買う。
「ごてネコ」と綽名されたばかりか、『都会の横顔』の清水宏監督などは「あいつは生意気だからほっとけ!」と、食事を共にすることもなかったほど。『幸福さん』の千葉泰樹からも「えらく暗い子だね」と評されたという。

 
 左翼系プロダクションによる『にごりえ』(今井正監督)出演が難しかったのは当然としても、54年1月の再契約の際に認めさせた他社出演はなかなか叶わず、『雪国』など、自ら提案した企画で実現したのは『泉へのみち』(55)のみ。市川崑の『わたしの凡てを』(54)や、やっと使ってもらった成瀬巳喜男の『晩菊』も小さい役でしかなく、やはり今井正の独立プロ作品『ここに泉あり』出演を拒否された有馬は、(東宝所属のまま)「にんじんくらぶ」への参加を決意する。

 
 オムニバス作品『愛』(54:若杉光夫監督)で初めて、強硬的手段により他社出演を果たした有馬。続いてオファーがあった日活『愛と死の谷間』と新東宝『億万長者』も出演を認められず、東宝への不満は募る一方。『君死に給うなかれ』では病気降板の憂き目にも遭う(代役を務めたのは司葉子)。


 かくして、念願の企画『夫婦善哉』撮影中止(再開の折は淡島千景が有馬の役を演じた)の一件で東宝との軋轢は決定的となり、自宅に引き籠った有馬は辞表を提出。『泉へのみち』公開後の55年3月に退社が認められ、フリーの立場で松竹入社の運びとなる。


 女優意識の高さ・自己主張の激しさから、穏やかな社風の(池部良は「サラリーマン会社」と称した)東宝を飛び出した岡田と有馬の二人は、移籍先の松竹でもライバル関係を運命づけられる。
 渋谷実監督『もず』(61)では、「淡島千景の娘」役(二転三転の末、岡田から有馬にスライド)を巡ってトラブルに発展。松竹が配慮したものか、そもそも少なかった二人の共演作は同じく渋谷実の『大根と人参』(65)くらいしかない(※4)。


 そんな二人が東宝時代に共演したのが『愛人』(53)という映画だ。市川崑のスピーディーでテンポの良い演出に酔わされる本作で、有馬は映画監督・菅井一郎の娘、岡田は舞踏家・越路吹雪の娘に扮し、親同士の結婚により二人は義理の姉妹となる。
 映画監督一家が住む洋館は成城で撮影され、ロケを目撃した方に聞くと、このとき岡田はお付きの人に、「私は今日、ご機嫌がよくない」と言って、不貞腐れた様子を見せていたというから、すでに不満が溜まっていたのだろう。


 有馬にとってはやりがいを感じ、市川と危ない関係になるきっかけともなった本作。自著では、撮り直しを要求した有馬に監督が簡単にOKを出したことに、岡田がかなりカチンときていた様子が記されている。二人が並び歩く成城桜並木シーンからは、のちのライバル関係を見越したかのような緊張感が伝わってくる。


▲『愛人』で成城の桜並木を歩く二人 イラスト:Produce any Colour TaIZ/岡本和泉


 翌54年の『結婚期』でも共演した二人。有馬が主演の鶴田浩二から求婚を受ける役だったのに対し、岡田はここでも芸者役という相変わらずの扱い。これでは会社を辞めたくなるのも無理はない。


 不満の塊だった二人の東宝時代。しかしながら、これらの出演作に光を当ててほしいと願うのは、もしかすると当のご本人たちかもしれない。二人の東宝映画には、実際それだけの魅力が備わっている。


※1 岡田は自著に、高峰秀子や森雅之は「役を演じているのではなく、自分自身を演じていたのだろう」と記している。
※2 のちに岡田は、三船敏郎と『人間の証明』(77)と『制覇』(82)で共演。有馬稲子のほうは、初主演作『ひまわり娘』で共演した三船との再会は果たしていない。
※3 このとき有馬が住んでいたのは砧六丁目。奇しくも成瀬巳喜男邸と早坂文雄邸に挟まれた家だったが、成瀬とは『晩菊』(54)で組んだのみとなる。
※4 のちに二人は吉田喜重『告白的女優論』(71)で共演を果たす。



高田 雅彦(たかだ まさひこ)
1955年1月、山形市生まれ。生家が東宝映画封切館の株主だったことから、幼少時より東宝作品に親しむ。黒澤映画、クレージー映画、特撮作品には特に熱中。三船敏郎と植木等、ゴジラが三大アイドルとなる。東宝撮影所が近いという理由で選んだ成城大卒業後は、成城学園に勤務。ライフワークとして、東宝を中心とした日本映画研究を続ける。現在は、成城近辺の「ロケ地巡りツアー」講師や映画講座、映画文筆を中心に活動、クレージー・ソングの再現に注力するバンドマンでもある。著書に『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『七人の侍 ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)、近著として『今だから! 植木等』(同2022年1月刊)がある。




1 2 3

新着記事

  • 2025.12.05
    第31回【私を映画に連れてって!】野田秀樹、鴻上尚...

    文=河井真也

  • 2025.12.04
    日本男子バレーのスタープレーヤー、石川祐希選手の活...

    石川祐希選手の睡眠の秘密

  • 2025.12.04
    森美術館が凄いことになっている!現代アートの21組...

    12月3日~3月29日

  • 2025.12.02
    一見の価値あり、スイス人写真家が撮った占領下の日本...

    12月5日~3月3日

  • 2025.12.01
    【コモレバWEBマガジン・読者参加イベント】『私を...

    2026年1月23日(金)

  • 2025.12.01
    第38回【キジュを超えて】今、会いたい人─萩原 朔...

    文=萩原朔美

  • 2025.11.28
    今年の冬の思い出づくりは「箱根で過ごす」、いつもよ...

    冬の箱根のお楽しみ

  • 2025.11.28
    世界の玄関というべき「成田空港の京成」と「羽田空港...

    12月1日~3月1日

  • 2025.11.28
    第17回『東宝映画スタア☆パレード』岡田茉莉子&有...

    文=高田雅彦

  • 2025.11.27
    岩下志麻、周防正行、草刈民代、是枝裕和ら豪華ゲスト...

    12月14日、15日

映画は死なず

特集 special feature  »

<特集>今、時代劇が熱い! 第三弾 主演北大路欣也が語る「三屋清左衛門残日録」~時代劇にはまだまだ未来がある~

特集 <特集>今、時代劇が熱い! 第三弾 主演北大路欣也が...

藤沢周平原作時代劇「三屋清左衛門残目録」の章

松田聖子デビューから45年、伝説のプロデューサー若松宗雄が語る誕生秘話〈わが昭和歌謡はドーナツ盤〉特別企画

特集 松田聖子デビューから45年、伝説のプロデューサー若松...

〈わが昭和歌謡はドーナツ盤〉特別企画

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!