遊びをせんとや生まれけむⅡ

文=中村敦夫

最後の死闘

< テレビ局の合理化により目の敵とされた時代劇/h4>
 

 日本映画界の繁栄は、戦後から約三〇年、一九七〇年代初頭までだった。最盛期の街の映画館では、二本立て興行がはやり、撮影所の徹夜作業はあたりまえとされた。
 
 その後、高度経済成長とともに、人々の生活様式が変った。家族や隣人が、連れ立って映画館へ行くという習慣が薄れた。別の言い方をすれば、家族制度と地域共同体の崩壊が進んだ。映画産業は急速に衰退した。

 代りに、娯楽の中心はテレビに移った。現代劇も時代劇も、それまで「電気紙芝居」と軽視していたテレビ業界へ崩れ込んだ。

 映画産業との大きな違いは、スポンサーが力を持ち、テレビ局が企画と予算を管理するという点だ。管理のテクニックは究極を目指し、合理化がどんどん進んだ。
 
 目の敵とされたのは、時代劇だった。客の多くが高齢者で、「購買力がない」とスポンサーに嫌われた。テレビ局も、金と時間がかかりすぎると逃げ腰になった。似たような視聴率なら、一山いくらのタレントを、ひな壇に並べて騒がしておく方が、ずっと安上がりというわけだ。こんなわけで、一時は週に二〇本近くあったレギュラー時代劇は、今日では一枠も残っていない。そんな状況の中で、最近久しぶりに単発の時代劇に出演した。来年の春に映画館で上映し、後に時代劇専門チャンネルで放映予定。原作は藤沢周平で、タイトルは「帰郷」。

……続きはVol。41をご覧ください。

なかむら あつお

元参議院議員、俳優、作 家、脚本家。1940年東京 生まれ。東京外国語大学 在学中に演劇に興味を持 ち、大学を中退、劇団俳優 座に入る。65年にはEWC 奨学生演劇部門試験に合 格、ハワイ大学に留学し、アメリカ社会の研究を する機会を得る。72年に出演したテレビドラマ「木 枯し紋次郎」が空前のブームになりその後数多く のドラマで主演を務める。84年にはテレビ「地球 発22時」でキャスターを務める。現在、日本ペンク ラブ理事、環境委員を務める。著作に『チェンマイ の首』『ジャカルタの目』『マニラの鼻』『ごみを喰 う男』『暴風地帯』『簡素なる国』など。

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