ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

昭和25年に独立プロ・近代映画協会を設立した新藤監督の自主製作第1作『原爆の子』(昭和26年)。宇野重吉、滝沢修、清水将夫、奈良岡朋子、北林谷栄ら劇団民芸の俳優たちが多数出演している。世界各国で大きな反響を呼び、カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭平和賞、英国アカデミー賞国連平和賞を受賞した。

 一九五二年アメリカの占領が終わり作られた『原爆の子』。新藤の故郷広島の被爆後の現実を描いた。この時、乙羽は原爆乙女など被爆者の座談会に連日でかけた。「乙羽さんは(人間として)随分鍛えられたのでは」という。乙羽は『原爆の子』は「女優の新しい生き方を教えた」と書いている。


 乙羽は大映を辞め、新藤のもとに飛び込んでくる。作家として自分達が作りたい映画を作ろうと松竹を離れ仲間と設立した独立プロダクション、近代映画協会に参加した。


〈やせて小柄でどこをどう見ても男っぽさのかけらもないのに妙に大男に見えた〉


 乙羽は新藤に仕事を超えた気持を抱くようになる。京都の宿に滞在する新藤を何度も訪ねた。そのとき二人は結ばれる。

〈京都の夜は、最初から最後まで私の方が積極的だった。何も考えないで、ただ突っ走ったようである。その場、その時を一生懸命に生きよう。新藤は終始無言で、ひとこと「いいのですか」と言っただけである〉


 しかし、このとき新藤には戦後見合い結婚した妻、美代さんがいた。二人の愛は仕事を通して燃え上がり作品に結実していく。


『縮図』『どぶ』『狼』『第五福竜丸』『裸の島』『人間』『母』『鬼婆』『悪党』
 テーマは「社会と人間」から「人間そのもの」へ。そして「性」に変わっていく。二人の不倫がずっと続いたことが大きいと思う。

 新藤「精神的に葛藤があった。これで良いのかと思った。(妻の)美代さんを不幸にするとも思った。乙羽さんを(独立プロの)狭いところに引きこんでいくようでもあり、一人の人間として、たくさん悩みがあった。仕事にすがりついてゆくしかなかった」


 五里霧中のなかで、自分の裏切りの心を見つめ、あやふやな心を解剖するように映画を撮っていった。辿りついたのは「人間とは何か、人間は愛で結ばれている。愛は性から生まれる。人間の根源を描こうと思った」


 美代さんとの離婚が成立した6年後、1978年に乙羽と新藤は正式に結婚した。

権力でも自由にできない「性」をテーマとした『悪党』(昭和40年、左は小沢栄太郎)でも、〝百万ドルのえくぼ〟の面影はない。
徳田秋声原作の同名小説の映画化で、幼くして芸者置屋に身売りされた銀子という女の半世紀を描いた『縮図』。主演の乙羽が初の本格的汚れ役に挑んだと、評判を呼んだ。山田五十鈴、山村聰、宇野重吉らが共演。本作のシナリオを書いていた京都に、乙羽は新藤を訪ねている。新藤は乙羽の心が接近してくるのがわかったと言う。
「裸になってください」と新藤が言えば、さっと脱いだ乙羽は生涯、新藤がやりたいことには敢然と立ち向かった。新藤は『どぶ』(昭和29年)では乙羽をデフォルメした。「顔をべったり白く塗り、柳の葉のよ
うな眉をひき、真っ赤な口紅、よれよれの浴衣、髪にはでかい造花のバラ」でニコッと笑ってウインクして客をひく。乙羽はこのメークを気に入りはりきって撮影に臨んだ。
昭和35 年公開の『裸の島』は、「声にたよりすぎて、映像本来の姿を見失いつつあるのではないか」とセリフを排除した新藤。夫婦役の乙羽と殿山泰司以外のキャストは子供も含めて舞台となった瀬戸内海宿弥島の人たち。水のある島から伝馬船で水を運び、肥桶に水を入れ天秤棒で前後に担ぎ、稲妻型になった急坂な小径を上り一日中水を運ぶ夫婦。乙羽の肩の皮はむけ、櫓を漕ぐ練習のため手の皮は硬くなった。
映画は海外で高い評価を受けモスクワ国際映画祭でグランプリを受賞。各国のバイヤーたちから買い入れの申し込みが殺到し、62ヶ国で上映権が売れ、それまでの借金を返済することができ、独立プロの苦しい経営状況を救う作品となった。乙羽の死後、新藤はこの島の周囲をモーターボートでめぐりながら、乙羽の骨のかけらをまいた。

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