連載

第38回【キジュを超えて】今、会いたい人─萩原 朔美の日々

—老体からは逃げられない。でも笑い飛ばすことは出来る—

萩原 朔美さんは1946年生まれ、2025年11月14日で79歳、紛れもなく喜寿を超えているのである。本誌「スマホ散歩」でお馴染みだが、歴としたアーチストであり、映像作家であり、演出家であり、学校の先生もやり、前橋文学館の特別館長であり、時として俳優にもなるエッセイストなのである。多能にして多才のサクミさんの喜寿からの日常をご報告いただく、連載エッセイ。同輩たちよ、ぼーッとしちゃいられません! 

連載 第38回 キジュを超えて


「今、何が食べたいか?」

「今、1番行きたいところは?」

「今、何がしたいのか?」

 そう聞かれても、さっぱり答えが見つからない。全ての欲望が萎えてしまったのではないか、というと、そうではない。たとえば、初めて入ったレストランで、初めて食べた料理に感動する。その瞬間、自分はこれが食べたかったんだ、と分かるのだ。

 つまり、欲望や夢は内側にはない。外側にあるものによって新たに発見する。それが私の欲望や夢なのだ。

 先日は、

「今、誰か会いたい人はいますか?」

 という質問を受けた。これもさっぱり答えが浮かんこない。黙っていると、

「あっ、亡くなった方でもいいですよ」

 と言う。それでも浮かんでこない。

 ところが、数日前、いきなり「今会いたい人」が1人浮かんできた。それは、本棚を整理していたら、ポロリと古い人物写真が手元に落下。その顔を見た瞬間、その人に会いたくなったのだ。やはり、会いたい人も外側に居たのだ。

 誰か。それは結婚する前の連れ合いだ。(笑)若い、おとなしい、優しい、控えめな30年前の連れ合いに、今会いたいと切に思う。(笑)

▲2024年、前橋文学館での、朗読会「小説家萩原葉子を読む」の、筆者と奥様



第37回 タネとネタ
第36回 行き止まりはない
第35回 ひとりカフェの愉悦
第34回 オブジェは語る
第33回 まだまだ学べ
第32回 命のデータ
第31回 目の奥底
第30回 老いも若きも桜の樹
第29回 僻んではいません
第28回 私の年齢観測
第27回 あゝ忘却の彼方よ
第26回 喜寿を過ぎて
第25回 生前葬でお披露目する「詩」
第24回 我を唱えず、我を行う
第23回 老いは戯れるもの
第22回 引きこもりの愉しみ
第21回 楽しい会議は老化を防ぐ


はぎわら さくみ
エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだら何を書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の特別館長、金沢美術工芸大学客員名誉教授、前橋市文化活動戦略顧問を務める。 2022年に、版画、写真、アーティストブックなどほぼ全ての作品が世田谷美術館に収蔵された。



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