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わが昭和歌謡はドーナツ盤
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〈オリコンチャート〉「ザ・ベストテン」に同時3曲ランキング入りの快挙を成し遂げた「チェッカーズ」がブレイクしたのはセカンドシングル「涙のリクエスト」
チェッカーズ「涙のリクエスト」…
朱里エイコは「北国行きで」の大ヒットを飛ばしながら、日本の歌謡界では活躍の場が狭すぎた、悲劇のジャズ&ポップス歌手だった
朱里エイコ「北国行きで」…
「日本語でしか歌いたくない」と、数々のシャンソンを日本語歌詞で日本人に浸透させた、パリ・オートクチュールの香りの〝コーちゃん〟の代表曲 越路吹雪「愛の讃歌」
越路吹雪「愛の讃歌」…
切ないメロディのロックバラード「恋の予感」を聴きながら、旭川で産声をあげたアマチュアバンド〈安全地帯〉と玉置浩二の歌唱力に酔う
安全地帯「恋の予感」…
昭和44年NHK紅白に、寺山修司の劇団「天井桟敷」から躍り出たカルメン・マキの「時には母のない子のように」は黒人霊歌がルーツだった
カルメン・マキ「時には母のない子のように」…
集団就職列車で故郷を後にした〝金の卵〟と呼ばれた少年少女たちへの応援歌は、日本の高度経済成長期から生まれた、まさしく昭和のヒット曲 井沢八郎「あゝ上野駅」
井沢八郎「あゝ上野駅」…
デビュー60周年の加藤登紀子が歌う「百万本のバラ」の原曲は、バルト三国の一国ラトビアで生まれた子守歌だったという数奇な物語
加藤登紀子「百万本のバラ」…
「山谷ブルース」でデビューした岡林信康は〝フォークの神様〟と呼ばれ、ロックを歌い、演歌を創れば美空ひばりが歌唱し、今や〝エンヤトット〟と日本のロックを謳う
岡林信康「山谷ブルース」…
あの日から30年、今も神戸の人たちの心を支え続ける阪神淡路大震災復興支援の曲となった 内山田洋とクール・ファイブ「そして、神戸」
内山田洋とクール・ファイブ「そして、神戸」…
稀代の音楽プロデューサー・小室哲哉の出世作でもあり、多くの人に元気をもたらす渡辺美里の「My Revolution」
渡辺美里「My Revolution」…
第75回NHK紅白歌合戦の勝敗を決した、西田敏行「もしもピアノが弾けたなら」を追悼合唱した竹下景子、武田鉄矢、田中健、松崎しげる、そしてもう一人の男
西田敏行「もしもピアノが弾けたなら」…
人気絶頂期に21歳の若さで事故死し〝和製ジェームズ・ディーン〟とも呼ばれ伝説となった〝日活第三の男〟トニーの主演映画のヒット主題歌 赤木圭一郎「霧笛が俺を呼んでいる」
赤木圭一郎「霧笛が俺を呼んでいる」…
中山美穂が横浜ビルボードのライブコンサートで最後に歌った、「You’re My Only Shinin’ Star」は歌手としての飛躍の一曲だった
中山美穂「You’re My Only Shinin’ Star」…
NHK紅白歌合戦の変遷をたどってみたら、東京宝塚劇場が最後の会場になった昭和47年初出場の石橋正次「夜明けの停車場」が浮かんできた
石橋正次「夜明けの停車場」…
作曲家・筒美京平がオリコン週間1位を初めて獲得した出世作で、日本レコード大賞作曲賞を受賞した〝横浜〟のご当地ソングの決定版 いしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」
いしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」…
雨の日に聴きたくなる「レイニーブルー」を歌った徳永英明は、その唯一無二の歌声で女性ヴォーカリストの楽曲をカヴァーし、原曲の魅力をさらに拡げた
徳永英明「レイニーブルー」…
クリスタルキングが歌唱した「大都会」の唯一無二のハーモニーを聴きながら、人生の方途に迷い大きな選択をした夜が忘れられない
クリスタルキング「大都会」…
「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲の陰に隠れた〝望郷演歌〟の名曲 千 昌夫「夕焼け雲」
千昌夫「夕焼け雲」…
「嵐」と並ぶシングル58曲連続トップテン入りを果たしたアルフィーの「メリーアン」は苦節10年の大ヒット曲、そして今年解散なき50周年
THE ARFEE「メリーアン」…
朝ドラ「虎に翼」が記憶をよみがえらせた御茶の水、駿河台界隈。改めて50余年前、GARO(ガロ)が歌った「学生街の喫茶店」を辿ってみたくなった
ガロ「学生街の喫茶店」…
一糸乱れぬユニゾンで世界のエンタメ界をも魅了した双子の歌手の完成度が極まった「パヤ、パヤパヤ」が印象的なダイナミックな一曲 ザ・ピーナッツ「恋のフーガ」
ザ・ピーナッツ「恋のフーガ」 …
急逝からもう一年。追悼コンサートでも歌われたアリスの「秋止符」を聴きながら、過ぎ行く秋と谷村新司を偲ぶ
アリス「秋止符」…
日本のポップスの黎明期に、元祖アイドル・田代みどりの「パイナップル プリンセス」はまだ見ぬ太陽の下のワイキキに誘い、敗戦の影残る昭和を明るくしてくれた
田代みどり「パイナップル プリンセス」…
戦後日本映画界に颯爽と現れるや時代のヒーローとして燦然と輝き、〝タフガイ〟と呼ばれた永遠のトップ・スターの哀愁のムード歌謡から昭和のスクリーンが甦る 石原裕次郎「赤いハンカチ」
石原裕次郎「赤いハンカチ」…
令和の今もコーラスで親しまれるH2Oが昭和58年リリースした「想い出がいっぱい」を作詞したのは、山口百恵、中森明菜、郷ひろみ等にも楽曲提供した、阿木燿子だった
H2O「想い出がいっぱい」…
西城秀樹は昭和50年「白い教会」を歌ってバカヤロー!と絶叫したが、昭和42年のNHK紅白歌合戦で初めてバカヤロー!と叫んだのは「花はおそかった」の美樹克彦だった
美樹克彦「花はおそかった」…
リリースから45年経っても色あせることのない、松本隆作詞、林哲司作・編曲による〝セプテンバー・ソング〟の決定版 竹内まりや「SEPTEMBER」
竹内まりや「SEPTEMBER」…
谷村新司、堀内孝雄、元モーニング娘の安倍なつみ、やしきたかじん 、皆がカヴァーしたくなる泣ける歌、水越恵子の「Too far away」
水越恵子「Too far away」…
今年4月、84歳で逝ったいぶし銀のような名バイプレーヤー、佐川満男は「今は幸せかい」を大ヒットさせる前はロカビリー歌手だった
佐川満男「今は幸せかい」…
中尾ミエ、伊東ゆかりと〝スパーク3人娘〟を結成し、1960年代に「逢いたくて逢いたくて」「夢は夜ひらく」などヒット曲を連発し、清潔なお色気で男性のハートを撃ち抜いた 園 まり「何も云わないで」
園まり「何も云わないで」…
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