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1968年1月4日付でスタートしたオリコン週間シングルチャート記念すべき第1回の1位に輝いたのはムード歌謡コーラスの決定版 黒沢明とロス・プリモス「ラブユー東京」
黒沢明とロス・プリモス「ラブユー東京」…
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名プロデューサー・石井ふく子に口説かれて出演したホームドラマで女優として開眼し、主題歌「ありがとうの歌」を歌唱した国民的歌手・水前寺清子
水前寺清子「ありがとうの歌」…
吉田拓郎がファンクサウンド&ドゥーワップ風コーラスでカバーした「骨まで愛して」は1966年に城卓矢が歌唱した〝ド演歌〟のミリオンセラーだった
城 卓矢「骨まで愛して」…
細川たかしのレコード大賞受賞曲のオリジナルとして、事実上の引退から33年を経てなお根強い人気を誇る〝伝説〟と呼ばれる歌姫の圧巻の表現力 ちあきなおみ「矢切の渡し」
ちあきなおみ「矢切の渡し」…
松井秀喜さんの弔辞に心を打たれ、思い出したのはアニメ『巨人の星』の星一徹✕星飛雄馬父子の物語と主題歌「ゆけゆけ飛雄馬」だった
アニメ『巨人の星』主題歌「ゆけゆけ飛雄馬」…
昭和のヒーロー長嶋茂雄さんが逝き、なぜか突然よみがえった同時代のヒーローの歌、「月光仮面は誰でしょう」
近藤よし子とキング小鳩会「月光仮面は誰でしょう」昭和33年…
松田聖子、田原俊彦、近藤真彦らと同じデビュー45周年の〝ラブソングの王様〟鈴木雅之と「My Soul Sister」鈴木聖美との「ロンリー・チャップリン」は、ファンが選ぶナンバーワン!
鈴木聖美 with Rats&Star「ロンリー・チャップリン」 昭和62年…
ベテラン歌手・朝丘雪路がCBS・ソニー移籍後の第一弾が起死回生の大ヒットとなった「雨がやんだら」は天然キャラに似合っていた?!
朝丘雪路「雨がやんだら」昭和46年…
「出前一丁」「かに道楽」などのCMソングで知られる〝浪花のモーツァルト〟こと作曲家キダ・タローのレコード・デビューは、落語家立川談志も酔えば歌った昭和歌謡曲 北原謙二「ふるさとのはなしをしよう」
北原謙二「ふるさとのはなしをしよう」昭和40年…
東大卒の銀行マンにして、謎のシンガーが表舞台に出る契機になった「シクラメンのかほり」は、小椋佳の14枚目のシングル「めまい」のB面だった
小椋佳「めまい」/昭和50年…
沢たまき「ベッドで煙草を吸わないで」を聴きながら、悩ましい妄想にかられ悶々と夜を過ごした青春
沢たまき「ベッドで煙草を吸わないで」…
グループ・サウンズ全盛の1967年、女性ソロ・シンガーとして〝一人GS〟風の編曲とサウンドで80万枚のセールスを誇った 中村晃子「虹色の湖」
中村晃子「虹色の湖」…
ブレッド&バターの「あの頃のまま」の作詞作曲「呉田軽穂」とはハリウッド女優・グレタ・ガルボをペンネームにした〈ユーミン〉の初めての曲だった
ブレッド&バター「あの頃のまま」…
昭和43年に大ヒットしたヴィレッジ・シンガーズ「亜麻色の髪の乙女」は、35年後に島谷ひとみがカバー曲ブームの先陣を切って大ヒットさせた昭和ポップスの名曲だった
ヴィレッジ・シンガーズ「亜麻色の髪の乙女」…
【お出かけ情報】昭和100年記念イベント!催事場だけでなく、惣菜売場、喫茶、レストランまで懐かしの【昭和・平成レトロ展】開催〈京急百貨店〉(4月25日~5月8日)
4月25日~5月8日…
公開オーディション番組「スター誕生!」から生まれた歌手の中でも抜群の直球の歌唱力を誇った70年代アイドル 伊藤咲子「乙女のワルツ」
伊藤咲子「乙女のワルツ」…
〈オリコンチャート〉「ザ・ベストテン」に同時3曲ランキング入りの快挙を成し遂げた「チェッカーズ」がブレイクしたのはセカンドシングル「涙のリクエスト」
チェッカーズ「涙のリクエスト」…
朱里エイコは「北国行きで」の大ヒットを飛ばしながら、日本の歌謡界では活躍の場が狭すぎた、悲劇のジャズ&ポップス歌手だった
朱里エイコ「北国行きで」…
「日本語でしか歌いたくない」と、数々のシャンソンを日本語歌詞で日本人に浸透させた、パリ・オートクチュールの香りの〝コーちゃん〟の代表曲 越路吹雪「愛の讃歌」
越路吹雪「愛の讃歌」…
切ないメロディのロックバラード「恋の予感」を聴きながら、旭川で産声をあげたアマチュアバンド〈安全地帯〉と玉置浩二の歌唱力に酔う
安全地帯「恋の予感」…
昭和44年NHK紅白に、寺山修司の劇団「天井桟敷」から躍り出たカルメン・マキの「時には母のない子のように」は黒人霊歌がルーツだった
カルメン・マキ「時には母のない子のように」…
集団就職列車で故郷を後にした〝金の卵〟と呼ばれた少年少女たちへの応援歌は、日本の高度経済成長期から生まれた、まさしく昭和のヒット曲 井沢八郎「あゝ上野駅」
井沢八郎「あゝ上野駅」…
デビュー60周年の加藤登紀子が歌う「百万本のバラ」の原曲は、バルト三国の一国ラトビアで生まれた子守歌だったという数奇な物語
加藤登紀子「百万本のバラ」…
「山谷ブルース」でデビューした岡林信康は〝フォークの神様〟と呼ばれ、ロックを歌い、演歌を創れば美空ひばりが歌唱し、今や〝エンヤトット〟と日本のロックを謳う
岡林信康「山谷ブルース」…
あの日から30年、今も神戸の人たちの心を支え続ける阪神淡路大震災復興支援の曲となった 内山田洋とクール・ファイブ「そして、神戸」
内山田洋とクール・ファイブ「そして、神戸」…
稀代の音楽プロデューサー・小室哲哉の出世作でもあり、多くの人に元気をもたらす渡辺美里の「My Revolution」
渡辺美里「My Revolution」…
第75回NHK紅白歌合戦の勝敗を決した、西田敏行「もしもピアノが弾けたなら」を追悼合唱した竹下景子、武田鉄矢、田中健、松崎しげる、そしてもう一人の男
西田敏行「もしもピアノが弾けたなら」…
人気絶頂期に21歳の若さで事故死し〝和製ジェームズ・ディーン〟とも呼ばれ伝説となった〝日活第三の男〟トニーの主演映画のヒット主題歌 赤木圭一郎「霧笛が俺を呼んでいる」
赤木圭一郎「霧笛が俺を呼んでいる」…
中山美穂が横浜ビルボードのライブコンサートで最後に歌った、「You’re My Only Shinin’ Star」は歌手としての飛躍の一曲だった
中山美穂「You’re My Only Shinin’ Star」…
NHK紅白歌合戦の変遷をたどってみたら、東京宝塚劇場が最後の会場になった昭和47年初出場の石橋正次「夜明けの停車場」が浮かんできた
石橋正次「夜明けの停車場」…
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