24.04.11 update

下町の太陽、庶民派女優といわれながら都会の大人の女になった倍賞千恵子の大ヒット曲「さよならはダンスの後に」

シリーズ/わが昭和歌謡はドーナツ盤

 今年は、あの国民的映画『男はつらいよ』第一作が公開されて55周年。製作配給元の松竹では「Go!Go!寅さん プロジェクト」と早々にキャンペーンを張っている。本誌でも5年前(2019)、『男はつらいよ』誕生50周年の大特集を組んだ。

 で、久しぶりに寅さんに会いたくなって葛飾柴又に出掛けようと思い立ったのである。京成電車で上野から京成高砂で乗り換えて一つ目、柴又駅の改札を出ると、いきなり見送る妹さくらと振り返る寅さんの銅像が懐かしく目に飛び込んでくる。遅れている桜の開花と相俟って花冷えがつづく日にもかかわらず、銅像にスマホを向ける人々が後を絶たない。こちらも寅さんの肩越しにさくらを写したワンショットの画像を見直しながら、ふっと口を衝いたのは倍賞千恵子が歌う「さよならはダンスの後に」のフレーズだった。駅前での銅像の別れのシーンと重なって、何も言わないでちょうだい、さよならはダンスの後にしてね、という連想が生まれた。

 あらためて倍賞千恵子という大女優が、数々の名曲を残している歌手だったことに思いを馳せる。やはり真っ先に浮かぶのは、1962年(昭和37)のデビュー曲「下町の太陽」で、大ヒットした翌年には同名映画の主題歌にもなっている。これは7年後(1969)に公開される『男はつらいよ』の山田洋次監督にとって2作目の作品で、シリアスな筋書きをしかめ面で演出する若き山田監督から何度もダメだしされて泣きながら撮影したと記している。倍賞は石鹸工場の女工役だったが、相手役の勝呂誉とのラブシーンはなかなかOKが出ずベソをかくほどだった。それまで松竹歌劇団(SKD)出身の倍賞千恵子は、映画出演より舞台で歌い踊ることのほうがよほど楽しくて、SKDに戻りたかったと述懐している。だが演技に厳しい山田洋次監督と出会って、初めてプロの女優を目指そうとふん切りがついたのである。女優、倍賞千恵子は、その後山田監督の作品には欠かせない存在となっていくが、映画、楽曲とも『下町の太陽』は倍賞をして〝庶民派〟というイメージを定着させたと言えなくもない。

 楽曲「下町の太陽」は1963年の第4回日本レコード大賞新人賞を受賞し、この年の第14回NHK紅白歌合戦にも出場。以後第15回「瞳とじれば」、第16回「さよならはダンスの後に」、第17回「おはなはん」と連続出場を果たしている。『下町の太陽』以後、軸足は映画出演に傾いていったが、それでも、「下町~」から3年も経たずに、ルンバのリズムとともに「さよならはダンスの後に」(作詞・横井弘、作曲・小川寛興)がリリースされ、大ヒットしたことには驚かされた。いきなり〝下町〟から躍り出て、大人の女性の艶やかさを感じさせる世界を歌ったのである。当時ダンスができるナイトクラブは確かに流行っていたが、庶民が出入りできる所ではなかった。因みに、1965年3月10日にリリースされたこの楽曲が、年末には150万枚のミリオンセラーを記録したのだ。

(意訳すれば)――ここは懐かしいナイトクラブ、お別れする刻(とき)まで、ただ黙って踊っていたい、気のすむまで踊りましょう、何も言わないでちょうだいね、もう少し恋人のままでいたいの、カクテルをちょうだい、酔ったらまた踊ってね、今はさよならなんて言わないで――

 恋人と別れたくないが、故あって別れなければならなくなった男に酔った女がすがり付いているような詞だが、これが別離の悲愴感もなく、男に遊ばれて捨てられるようにも思えない。いやらしく猥雑に聴こえないのは、軽快なルンバのリズムのせいもあるだろう。加えて倍賞千恵子の美しい張りのある声、透き通るような高音の伸びとともに、〝何も言わないで、ちょうだい〟の〈ちょうだい〉の部分だけが微かに甘えたような歌唱も、みだらには聞こえない。正確な音程もさることながら言葉のメリハリにごまかしがないのだ。

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