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わが昭和歌謡はドーナツ盤
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70年代前半、愛くるしいスマイルで一世を風靡した国民的アイドル〝ソニーの白雪姫〟天地真理「想い出のセレナーデ」
〝真理ちゃんシリーズ〟で国民的アイドルに…
伝説の音楽プロデューサー、酒井政利に見込まれた岸田智史は「きみの朝」で大ブレイクし、橋田壽賀子ドラマ「渡鬼」やミュージカルもこなした、忘れられない昭和のフォークシンガー
ドラマ「愛と喝采と」の挿入歌…
喜寿のコンサート!?益々盛んな中尾ミエにあやかって、一緒に歌おう「可愛いいベビー」ハイハイ!
コンサート会場は、有楽町のI’M A SHOW (アイマショウ)…
レコード大賞受賞曲「天使の誘惑」の翌年にリリースした歌い継がれるヒット曲 黛ジュン「雲にのりたい」
アイドル時代の長山洋子もカバーした…
14歳でデビュー、15歳で紅白歌合戦初出場、24歳で日本レコード大賞 最優秀歌唱賞受賞の森昌子、「越冬つばめ」は歌手としての覚悟ができた曲だった
「ヒュールリー ヒュールリーララ」…
昭和34年上皇ご成婚の年に一世を風靡した、ペギー葉山の「南国土佐を後にして」が〝奇跡の歌〟といわれる理由
「ドレミの歌」「学生時代」などのヒット曲も忘れられない …
1976年日本レコード大賞の大衆賞を受賞し、号泣した姿が忘れられない 郷ひろみ「あなたがいたから僕がいた」
76年8月1日リリース。作詞・橋本淳、作&編曲・筒美京平のコンビ…
2030年札幌冬季オリンピック開催断念で、改めてよみがえる1972年のテーマ曲、トワ・エ・モアが歌い上げた「虹と雪のバラード」に託したい平和と希望
作詞・河邨文一郎 作曲・村井邦彦…
『ブギウギ』の笠置シヅ子が「紅白歌合戦」のトリを飾った1956年、三橋美智也は「哀愁列車」で初出場し昭和歌謡界を牽引した
昭和歌謡界のレジェンド…
盟友・松本隆の追悼の辞「北へ還る十二月の旅人よ」に送られて2013年12月30日、65歳で旅立った大滝詠一「さらばシベリア鉄道」
成瀬巳喜男監督の研究もしていた!…
アイドル・桜田淳子を大人の歌手に飛躍させた、中島みゆき作詞・作曲の「しあわせ芝居」
1977年11月5日リリース…
洋楽、和製ポップス系歌手だった20歳の伊東ゆかりが「小指の想い出」の大ヒットで美しき大人の女性になった
中尾ミエ、園まりとともに〝スパーク三人娘〟といわれた…
紅白歌合戦での46回の紅組最多出場を誇り、さらに前進し続ける現役女性演歌歌手のトップランナー 石川さゆり「能登半島」
「津軽海峡・冬景色」に次ぐ旅情三部作の一曲…
第20回日本レコード大賞で金賞ノミネート曲、亡き大橋純子「たそがれマイ・ラブ」は明治の文豪、森鷗外の小説『舞姫』から生まれた
1978年、TBSの3時間ドラマの主題歌だった…
リリースから50年、今なお心に響く名曲「五番街のマリーへ」(ペドロ&カプリシャス=髙橋真梨子)を歌いながらN.Y駐在の男たちは泣いていた
作詞・阿久悠、作曲・都倉俊一コンビによる名曲…
〝ルリ子ブーム〟が巻き起こった1969年、「愛するって耐えることなの」も流行語になった大ヒット曲 浅丘ルリ子「愛の化石」
井上梅次監督に浅丘ルリ子と命名された昭和のスター…
稀代の作詞家・阿久悠が岩崎宏美「思秋期」のレコーディングで見せた涙
77年9月5日リリースシングル11曲目…
ボニージャックスの「ちいさい秋みつけた」、こんな童謡を聴いて育った昭和の子どもたちは幸せだ
作詞:サトウハチロー、作曲:中田喜直…
小柳ルミ子、天地真理と共に〝新三人娘〟と呼ばれ、〝世代的共感を歌うアーティストの始まり〟とも評価された〝ソニーのシンシア” 南沙織「色づく街」
作詞・有馬三恵子、作曲&編曲・筒美京平コンビ…
西城秀樹の“ブーメラン”ファンも泣いた、出棺とともに流れた「ブルースカイ ブルー」
作詞・阿久悠、作曲&編曲・馬飼野康二…
昭和の幸せな音楽シーンに欠かせない存在だった[ダークダックス]の人生の応援歌「銀色の道」
慶應義塾大学合唱団・ワグネルソサエティ出身の4人組…
「季節の中で」に続き「ザ・ベストテン」に2度目の生出演した1981年の大ヒット曲 松山千春「長い夜」
オリコン・シングルチャートで1位獲得…
桑田佳祐作詞・作曲「私はピアノ」を歌った高田みづえは、数多のアイドル歌手の中でも群を抜く歌唱力だった
「君こそスターだ!」出身、1977年デビュー…
宇多田ヒカルの母、藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」は、70年安保の騒乱の中で若者たちの挫折感を救った魂の歌
昭和45年の歌謡界は、藤圭子色に。…
昭和、平成、令和と時を超えて高校球児たちへの永遠の応援曲となったアニソン 岩崎良美「タッチ」
デビュー6年目、20枚目のシングル…
昭和の日曜日の午後6時、忘れられないNHK[レッツゴーヤング]と[狩人]の「あずさ2号」に続くわが故郷が舞台のヒット曲「コスモス街道」
夭折の詩人・立原道造の「夏の旅」の一節がサビに!…
布施明の「霧の摩周湖」がリリースされたのは、われら団塊高校生が修学旅行で摩周湖を訪れた昭和41年だった
「布施くんは海より、湖だ」の平尾昌晃のひとこと…
長崎へのレクイエムのように響いた詩人・さだまさしの豊かな詩情 グレープ「精霊流し」
74年日本レコード大賞作詞賞も受賞…
小林麻美、夏目雅子、服部まこらが躍り出た大手化粧品会社のCM合戦の中で、ひときわ美しく響いたサーカスの「Mr.サマータイム」のハーモニー
フランスの楽曲を竜真知子が日本語訳、前田憲男が編曲…
デビュー50周年超えの五輪真弓の「恋人よ」を聴きながら、ニューミュージックというジャンルは今でも生きていることを実感する
和製キャロル・キングといわれた…
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