昭和の風景 昭和の町

文=川本三郎

井戸の水

井戸の水がおいしかった

 

 ~昭和の暮しの憩いの場~

 

夏、水を張ったバケツで西瓜やきゅうりやトマトを冷やしているのを見かけると、
そうか、この家には井戸があるのだなと昭和が蘇る。
加賀千代女が詠んだ「朝顔やつるべ取られてもらひ水」の句。
時代劇などで見かける江戸時代の長屋のおかみさんたちの井戸端での世間話。
「番町皿屋敷」など怪談噺に登場する恐い井戸。
井戸替え、井戸さらえという夏の風物詩も懐かしい。
井戸からは、いろんな景色が見えてくる。
昭和30年代までに生まれた人なら、井戸のある生活を経験しているだろう。
そして、子供の頃に味わった井戸水のおいしさは、
舌の記憶としていまでも思い出の中に刻み込まれているに違いない。

 

井戸で浸した西瓜がおいしい

 
    水道の普及ですっかり姿を消してしまったのが井戸。井戸の水で洗濯をしたり、夏は西瓜やトマトを冷やしたり。子供たちが泥だらけになって家に帰った時は、まず井戸で足や手を洗った。井戸は昭和の暮しのなかで憩いの場だった。

    大ヒットしたアニメ映画、こうの史作、片渕須直監督の『この世界の片隅に』(2016年)は、戦前の庶民の暮しを丁寧に描いている。

    広島に住む女の子、すず(声は、のん)は夏、田舎の祖母の家に遊びに行く。途中に、干潟があり、そこを歩いているうちに泥だらけになってしまう。

    だから祖母の家に着くと、まず井戸の水で身体を洗う。きれいになったところで祖母が井戸で冷やしておいてくれた西瓜をおいしくいただく。いい夏の思い出になっている。

    すずは十八歳の時に、呉に嫁いでゆく。家は丘の上にある。戦争が激しくなって水道が使えなくなる。そこで丘の下にある井戸まで毎日、天秤棒で水を汲みにゆく。大変な労働ではあるが、それが命の水であれば苦にならない。
 

井戸から一日が始まる

 
    昭和の小市民の暮しが懐かしい成瀬巳喜男監督の『おかあさん』(52年)は、大田区の大森あたりでクリーニング店を営む一家の物語。

    この家には外に井戸がある。朝、父親(三島雅夫)は井戸のところで顔を洗い、体操をする。井戸から一日が始まる。父親が井戸の水で洗顔をすませているあいだに、母親の田中絹代と娘の香川京子が朝御飯の仕度をする。

    同じ成瀬巳喜男監督の小市民映画、岸田國士原作の『驟雨』(56年)にも井戸が出てくる。

    サラリーマンの佐野周二と奥さんの原節子は、世田谷区の梅ケ丘あたりの一軒家に住んでいる。木造平屋で小さな庭があり、隣りとは庭つづきになっている。

    隣りにはやはりサラリーマンの小林桂樹が奥さんの根岸明美と住んでいる。両家のあいだには井戸があり、共有している。

    朝、佐野周二と小林桂樹がここで歯を磨き、顔を洗う。歯磨き粉は何を使っているかとか、天気のこととかとりとめもないことを話す。井戸を通しての御近所付合いである。

…… 続きはVol.42をご覧ください。

浴、洗濯、炊事と人の生活に欠か せないまさしくライフラインの井戸。 水道が引かれていても、なぜか共同 井戸に集まってしまう。奥さんたちは 井戸端会議よろしく世間話に時を忘 れ、遊んで汗を掻いた子供たちはお いしい水を飲みにやってくる。写真は 昭和30 年頃の一枚だが、多くの人 が集まっている。もしかすると、西瓜 が冷やしてあるのかもしれない。 写真提供:柏市教育委員会

かわもと さぶろう
評論家(映画・文学・都市)。1944年生まれ。東京大学法学部卒業。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」を経てフリーの文筆家となりさまざまなジャンルでの新聞、雑誌で連載を持つ。『大正幻影』 (サントリー学芸賞)、『荷風と東京『断腸亭日乗』私註』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎 日出版文化賞、桑原武夫学芸賞)、『映画の昭和雑貨店』(全5冊)『映画を見ればわかること』 『向田邦子と昭和の東京』『それぞれの東京 昭和の町に生きた作家たち』『銀幕の銀座 懐かしの風景とスターたち』『小説を、映画を鉄道が走る』(交通図書賞)『白秋望景』(伊藤整文学賞) 『いまむかし東京下町歩き』『成瀬巳喜男 映画の面影』『映画の戦後』『サスペンス映画ここにあ り』『日本すみずみ紀行』『東京抒情』『ひとり居の記』『物語の向こうに時代が見える』『「男はつらいよ」を旅する』『老いの荷風』など多数の著書がある。

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