23.03.28 update

昭和の新婚旅行は車窓の風景を眺めながら列車の旅

高度経済には成長期には、新婚旅行に出かけるカップルの見送りの人で駅のホームは大変な混雑ぶりであった。
見送り客たちは万歳三唱で新婚カップルを送り出し、新郎新婦は、一般の乗客たちの注目を浴びることになり、どこか恥ずかし気であった。発車ベルがどれだけ待ち遠しかったことか。
当時は服装もカジュアルなスタイルというより、新郎はスーツ姿、新婦は明るい色のスーツに皇族の妃殿下がたの影響なのか帽子を着用。白い手袋をした手にはブーケ、そしてボックス型のスーツケース。
行き先は箱根や熱海、伊東などの温泉宿で、2泊3日程度の旅行だった。
また、宮崎の青島あたりも人気の旅行先で昭和42年から昭和48年ころまで、京都もしくは大阪から宮崎までの新婚旅行客向けの臨時急行列車「ことぶき」が大安吉日に運行されている。
車窓風景を眺めながらの列車の旅は、新婚カップルにはすてきな思い出になっただろう。


新婚旅行が始まった

~高度成長期の新郎新婦は列車に乗って~

文=川本三郎
昭和の風景 昭和の町 2018年7月1日号より


荷風の小説に登場する「新婚旅行」

 新婚旅行はいつごろから始まり、いつごろから一般化したのだろう。
 坂本龍馬が新婚旅行を始めたという説があるが、幕末に「新婚旅行」という言葉はなかったし、本人にも、その意識はなかっただろう。
 文学作品に「新婚旅行」が登場する早い例に、大正七年( 一九一八)に発表された永井荷風の小説『おかめ笹』がある。
 東京に住む高名な日本画家の息子が、見合いをして結婚する。そのあと新妻と箱根に新婚旅行に出かける。
 荷風は、はっきり「新婚旅行」と書いている。大正時代のなかば、ようやく世に新婚旅行が登場してきている。ただ、この新婚夫婦は、夫が前述のように高名な画家の息子、妻は足利家の家令をつとめた名家の出。どちらも富裕な家の子供だから、一般に先がけて新婚旅行が出来たと言える。庶民のあいだで新婚旅行が広まるのはまだずっと先。
 荷風は『おかめ笹』のなかで、若い二人の結婚式の次第を丁寧に書き込んでいる。
 二人は、まず日比谷大神宮(関東大震災後に現在の千代田区富士見町に移転、東京大神宮に改称) で神前結婚式を行なう。そのあと築地の西洋料理店、精養軒で披露宴を開き、そして新婚旅行へ出かける。
 神前結婚、披露宴、新婚旅行、という現在の形が、大正のなかばに生まれている。それまでは、結婚式も披露宴も、新郎の家で親類縁者を集めて行なうのが普通だった。それが大正デモグラシーの影響もあり、若い新婚夫婦が「家」の格式にとらわれなくなり、家の外へ出る形が広まっていった。
『おかめ笹』の二人は日比谷大神宮で神前結婚をするが、この神社は明治三十年頃から東京で結婚式場として有名になった。このあと、神田明神や築地本願寺も、それに倣い、結婚式場を作ってゆく。
 神社での結婚式のあと、家の外のレストランや料亭に披露宴の会場を設けるのも、この頃から行われてゆき、東京では日比谷大神宮に近い帝国ホテルや東京会館、築地の精養軒がその代表的な披露宴会場になった。

 谷崎潤一郎の『細雪』は、昭和十年代を舞台にしている。蒔岡家の次女、幸子は昭和十五年の夏、夫の貞之助と河口湖畔に旧婚旅行に出かける。そこで二人は自分たちの新婚旅行のことを思い出す。
「夫婦は云わず語らずのうちに、もう十何年前になる新婚旅行当時の気分に復(かえ)っていた。そう云えばあの時は(箱根の)宮の下のフジャホテルに泊り、翌日蔗の湖畔をドライブしたりした(略)」
 荷風の『おかめ笹』より少しあと、大正末期のことと思われる。『おかめ笹』の新婚夫婦と同じように、幸子と貞之助も芦屋に住む富裕な階層だから、一般には先がけて、新婚旅行を楽しむことが出来たのだろう。
 箱根の高級ホテルである富士屋ホテルに泊り、芦の湖畔をドライブしているのだから、そうとう贅沢だ。

昭和30年代後半から50年代初めにかけて、空前の新婚旅行ブームにわいた宮崎。昭和49年には約37万組の新婚旅行客が宮崎市内に宿泊したという。この数字は同年に結婚したカップルの約35パーセントに該当する。また、昭和40年代には、飛行機で宮崎に行くカップルも増え、タラップを降りた新婚カップルたちは、宮崎交通のバスで観光を楽しんだ。フェニックスの葉陰を散策しながらこれからの人生を誓ったのだろうか。昭和42年には宮崎を舞台にした「フェニックス・ハネムーン」(作詞:永六輔、作曲:いずみたく、歌:デューク・エイセス)もリリースされた。新婚旅行ブームを反映した歌であることがわかる。写真提供:宮交ホールディングス株式会社

1 2

映画は死なず

新着記事

  • 2024.10.10
    森美術館「ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰って来...

    応募〆切:10月31日(木)

  • 2024.10.10
    戦後日本映画界に颯爽と現れるや時代のヒーローとして...

    石原裕次郎「赤いハンカチ」

  • 2024.10.09
    都会の喧騒に佇むゲストハウスに集う人々の心温まるヒ...

    応募〆切:11月5日(火)

  • 2024.10.09
    10月14日の「鉄道の日」をはさんで、海老名のロマ...

    10月9日(水)~11月18日(月)

  • 2024.10.09
    女優・高峰秀子生誕100年、ウェディングドレス姿が...

    10月5日(土)~1月13日(月・祝)

  • 2024.10.08
    釈放当日─世紀の瞬間の舞台裏を撮った、1台のカメラ...

    応募〆切:10月20日(日)

  • 2024.10.08
    東京ステーションギャラリー「テレンス・コンラン モ...

    応募〆切: 10月31日(木)

  • 2024.10.08
    秋バラが間もなく見ごろを迎える「谷津バラ園」 谷...

    京成電車下町さんぽ「谷津」

  • 2024.10.07
    「世界の持続可能な観光地TOP 100選」第1位の...

    箱根彩彩

  • 2024.10.03
    令和の今もコーラスで親しまれるH2Oが昭和58年リ...

    H2O「想い出がいっぱい」

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!