new 22.06.17 update

夏の風物詩であり、夏限定の愉しみだった「かき氷」

食べたいものが一年中手に入る現代と違いかき氷が夏の風物詩だった時代がある。
昭和の時代までは、かき氷は夏限定の楽しみだった。
子供にとっては、やはり御馳走で、見た目も涼しげなガラスの器にこんもりともられた、かき氷の山をくずしながら、こぼさないように食べるのは子供にとっては難しく、慎重に口にはこんだものだ。
そのうち、家庭用かき氷機なるものが普及して自分で氷をかきながらいつでもかき氷を食べられるようになったが店で食べるほどおいしさが感じられなかった。
やはり冷蔵庫の製氷機の氷だと味がおちるのかもしれない。
だが、それ以上に、いつでも食べられるものではなかったからこそかき氷が夏の舌の記憶として刻み込まれているに違いない。

かき氷が夏の最高の御馳走だったあの頃

~キーンとくる冷たさと甘い舌の記憶~

文=川本三郎


かき氷が贅沢だった時代


 まだアイスクリームがいまのように普及していなかった時代、庶民の夏の楽しみは、かき氷(氷水)だった。
 ガラスの容器にかき氷を入れ、レモンやイチゴのシロップをかけ、匙で食べる。見た目も涼しげだし、氷だから冷たく、いっぺんに汗がひく。
 デパートの食堂や甘味処だけではなく、通りの小屋掛けの小さな店にもあった。どの店にも、波の絵柄に赤い字で氷とかかれた小旗(氷旗)が掲げられていた。

 宮本輝の『泥の河』は、昭和三十年ころの大阪の安治川べりを舞台に、小学二年生の男の子を主人公にした小説で、当時の庶民の暮しが懐しく描かれているが、この小説に氷水が出てくる。
 子供の両親は川べりに小さな食堂を開いている。客は労働者が多い。主にうどんを出すが、夏になるとかき氷も加わる。
 馬車曳きの「おっちゃん」は昼過ぎになると、馬を曳いてこの店にやってくると、馬を店の前に待たせ、店で弁当を開く。そして「そのあとかき氷を食べてゆくのだった」
 昭和三十年ころには、まだ馬に荷車を引かせる馬車曳きがいた。夏は重労働なのだろう。毎日のように、かき氷を食べて暑さをしのぐ。
「おっちゃん」は気のいい男で、信雄という男の子が父親に「氷おくれェな」と言っているのを聞くと「わしのん半分やるさかい、匙持っといで」と親切に声を掛ける。
「一杯のかき氷を、信雄と男は向かい合って食べた」
 かき氷が、贅沢だった時代、子供はうれしかっただろう。
 昭和二十八年に公開された大映映画、室生犀星原作、成瀬巳喜男監督の『あにいもうと』は、多摩川べりに住む地付きの一家の物語。
 父親(山本礼三郎)は多摩川の堤防の石積みをする親方。母親(浦辺粂子)は、川べりで茶店を開いている。パンやまんじゅう、サイダーやラムネ、そして夏にはかき氷を売る。
 夏の暑いさかり、看護婦の学校に行っている下の娘(久我美子)が母親の店に帰ってくる。学校は夏休みなのだろう。
 炎天下やってきた娘に、母親は何よりもまずかき氷を作ってやる。「暑かっただろう、いま氷かいてあげるから」
 かき氷は夏の最高の御馳走だった。
 母親はここで面白いことをする。ラムネを一本取りだすと、ぽんと栓を抜いて「これかけると、さっぱりしておいしいよ」。氷レモンや氷イチゴならぬ氷ラムネ。これはあまり見たことがないが、確かにおいしそうだ。
 かき氷は夏のあいだのもの。母親の店では夏が終ると、かき氷はやめて、おでんに変わる。夏はかき氷、冬はおでん。定番だった。

静岡県藤枝市の本郷付近にある、昭和の面影を残す「森下菓子」。山中でありながら、季節になると評判の「苺ミルクかき氷」を目当てに、車で訪れる客が絶えないという。かき氷の人気は今も衰えていない。写真提供:静岡県在住・山田マキさん


 

2016年7月1日 Vol.28より

1 2

サントリー美術館様

特集 special feature 

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」など全22作の根幹とは

91歳の相撲記者・杉山邦博の秘蔵アルバム(最終章)

特集 91歳の相撲記者・杉山邦博の秘蔵アルバム(最終章)

名場面、名勝負の土俵に人生あり

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

名作『放浪記』の舞台から「シアタークリエ」へ

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

Present

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives

私にとっての箱根 archives

私にとっての箱根 archives

information

小田急沿線さんぽ

丸山智己さんと狛江

town story 丸山智己さんと狛江

~郊外住宅地・狛江の夜を愉しむ~

光石研さんと梅ケ丘

town story 光石研さんと梅ケ丘

普段着の味わいがする「梅ヶ丘」を楽しむ

千歳船橋と町田啓太さん

town story 千歳船橋と町田啓太さん

千歳船橋は名優が暮した町

松下洸平さんと参宮橋

town story 松下洸平さんと参宮橋

参宮橋は大都会の隣町の風情

鈴木伸之さんと喜多見

town story 鈴木伸之さんと喜多見

喜多見は〝ほどよい〟郊外タウン

蒼彦太さんと読売ランド前

town story 蒼彦太さんと読売ランド前

遊園地の町「読売ランド前」で大人の休日を楽しむ

PEOPLE frontline Vol.1

PEOPLE frontline Vol.1

PEOPLE frontline Vol.2

PEOPLE frontline Vol.2
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!