21.03.29 update

映画『Shall we ダンス?』は消えゆく社交ダンスの挽歌(?)だった

今もダンス好きの大人たちが集う横浜元町のダンスホール「クリフサイド」がオープンしたのは、昭和21年8月のこと。〝山手舞踏場〟として戦後の〝浜の社交場〟となった。昭和30年代にはソシアルダンスの流行で賑わいをみせ、東京からも多くの客を引き寄せ、駐車場には当時最新型の乗用車が並んだという。ステージにはジャズトランペッターの南里文夫や青江三奈も出演していた。昭和の映画にはアクションシーンの舞台として、恋人たちのデートスポットとして、その時代を映す背景として、こんなダンスホールが数多く描かれていた。大人の嗜みの一つとして小市民にも普及したダンス。ダンスホールは今、都内にも数えるほどしか残っていない。


ダンスホール、華やかなりし頃

モダンな大人たちのシャレた社交場

文=川本三郎

昭和の風景 昭和の町 2013年7月1日号より


ダンスホールは昭和の娯楽場

 昭和のはじめ社交ダンスが流行したことがあった。
 ダンスは明治時代に紹介され、鹿鳴館で舞踏会が開かれたが、それはあくまでも上流階級のもの。
 一般の小市民がダンスホールなどでダンスを楽しむようになったのは大正末から昭和にかけて。ダンスホールには専属のダンサーがいて客の相手をした。
 昭和四年(1929)に大ヒットした流行歌「東京行進曲」(作詞・西條八十、作曲・中山晋平)の一番は「ジャズで踊って リキュルで更けて 明けりゃダンサーの 涙雨」とダンサーを歌っている。
 この頃、ダンスが東京の小市民のあいだで楽しまれるようになっていたことが分かる。
 昭和六年のサイレント映画、島津保次郎監督の『愛よ人類と共にあれ』では、田中絹代が銀座あたりのダンスホールのダンサーを演じている。人気者で「ダンスホールの女王」と呼ばれている。
 この映画を見ると当時のダンスホールの様子がよく分かる。客はまずチケット(ダンス券)を買い、ダンサーと一度踊るごとにチケットを渡してゆく。
 人気のあるダンサーは席に座る暇もないが、客の指名のないダンサーは席で待つしかない。いわゆる「壁の花」。この言葉は昭和はじめ頃から広く使われるようになった。

横浜鶴見区の「花月園」は大正3年に開園した遊園地で、動物園、噴水、ブランコ、花壇などの施設から始まったという。また、花月園少女歌劇団なるものも結成され「西の宝塚、東の花月園」とまで謳われたという。入場者数のピークは大正14 年頃で、当時の敷地は公称10 万坪だった。昭和21 年に閉園した。横浜市中央図書館所蔵

ロシア人にダンスの手ほどきを受けた谷崎潤一郎

 最初のダンスホールは大正七年(1918)に横浜市の鶴見区に出来た遊園地、花月園に創られた「舞踏場」。
『鶴見花月園秘話』(鶴見区文化協会、07年)によると、この「舞踏場」が人気になり、社交ダンスが広まっていったという。きちんと専属のオーケストラが付いた。
「花月園のダンスホールが開業したことによって、それまで外国人やごく一部の日本人の趣味に過ぎなかった社交ダンスが一般に普及してゆく足がかりになった」
 大正時代、この「舞踏場」でダンスを習った作家がいる。当時、横浜に住んでいた谷崎潤一郎。随筆「私のやってゐるダンス」(大正十一年)によれば、花月園のなかにあるホテルに泊って原稿を書いていた時、隣のホールのダンスに興味を覚え、女将(おかみ)に手ほどきを受けたという。
 それでダンスが好きになり、横浜でロシア人の先生に社交ダンスを本格的に学んだ。このロシア人というのはおそらく革命を逃れて来た亡命ロシア人だろう。
 谷崎潤一郎の『痴人の愛』では「私」は、美少女のナオミがダンスを習いたいというので、亡命ロシア人の先生が開いた教室に通わせる。それで上達したナオミはダンスホール通いを始めるようになる。当時としては流行の最先端をゆくモダンガールである。『痴人の愛』には「花月園」の名も出てくる。

群馬県にある長岡角弥のダンスホール。モダンな洋装の女性に交じって、日本髪に着物姿で踊っている女性もいる。写真は昭和4 年当時のもので、その後戦災で焼けてしまった。© 水上温泉そば処角弥

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