21.04.28 update

ステッキは大人の男のたしなみ 

見栄えと貫録を演出する男の小道具

昭和の風景 昭和の町 2014年1月1日号より


ステッキと帽子は、モーニングコートや燕尾服を着用するときには必ずセットとして用いられた男子礼装時の小道具でもある。政財界や文学界なのどの多くの人物たちも写真に納まるときには帽子を被り、ステッキを持ったものだ。ハイカラなモボ(モダンボーイ)たちはステッキを持って街を闊歩し、昭和の父親たちは着物姿でも散歩にはステッキを携帯した。今はめっきり見られなくなった昭和の風景である。現在、おしゃれアイテムとしてソフト帽タイプの帽子を被る若い男性たちが増えているが、ステッキもそのうち男のたしなみの小道具として人気再燃となるだろうか。それにしても昭和の男たちは、なんと「大人」だっただろうか。

文=川本三郎

 

ステッキを愛用した小津映画の大人たち

 いまはもうほとんどみることがなくなってしまったが、昔の大人の男は、外出する時に好んでステッキを持った。

 小津安二郎の映画によくステッキを持った大人の男が描かれる。

 昭和二十四年(1949)の『晩春』では、父親の笠智衆が娘の原節子と東京の町を歩く時、三つ揃いの背広でソフト帽をかぶり、そしてステッキを持っている。

 昭和二十六年の『麦秋』では、鎌倉に住む老植物学者の菅井一郎が妻の東山千栄子と東京の上野あたりに出かける時にステッキを持っている。

 昭和三十年代に入ってもまだステッキは愛用されている。昭和三十三年の『彼岸花』では、丸の内の会社の要職にある佐分利信が、箱根へ家族旅行に出かけ、妻の田中絹代と芦ノ湖畔を散策する時にステッキを携えている。

 この時代、大人の男、とりわけ年齢がゆき、相当な地位に就き、貫禄が出てくるとステッキを持った。いわば男のたしなみである。

 一介の会社員だとまだステッキは似合わないが、それでも、特別の時にはステッキを取り出す。

 林芙美子の昭和二十五年の長編小説『茶色の眼』では、主人公の会社員、中川十一氏が妻に隠れて、日曜日に、ひそかに想いを寄せる未亡人と上野の美術館に出かける時に、珍しくステッキを持つ。いつもはカバンを持つ手にステッキがある。

 「何も持たないよりいい」ということだが、ひそかな逢いびきに、少しでも見栄(みば)えをよくしたいという思いがあるのだろう。

大正中期から後期のモダンボーイたち。大正デモクラシーの自由運動などの流れのなか、欧米文化を取り入れ流行の服装に身を包むモダンボーイも登場。シャツ&ネクタイ姿にカンカン帽、そしてステッキは必需品。写真提供:ホームページ昭和からの贈りもの

散歩にステッキは明治に始まった習慣

明治15年(1882)、日本で最初のステッキ専門店として銀座で創業したのが「タカゲン」。創業の地がお洒落でモダンな紳士・淑女が集る銀座というのは頷ける。高品質なオリジナル・ステッキは大隈重信や吉田茂にも愛用された。吉田茂は竹や籐のステッキを好んだらしい。もともとは、刀剣類小物商であったが、廃刀令施行以後、初代店主である高橋源蔵氏がステッキと洋傘の輸入・販売店として創業したという。現在の店主・高橋源一郎氏は4代目になる。〔住〕中央区銀座6-9-7〔問〕03-3571-5053写真提供:銀座タカゲン

 ステッキは明治になって西洋からもたらされた。漢字では「洋杖」と書く。

 夏目漱石は洋杖(すてっき)を愛した。その作品にはしばしば洋杖が登場する。

 『行人』(大正二年)の大学教授、長野一郎、『こころ』(大正三年)の先生、『明暗』(大正五年)の津田由雄、みんな洋杖を愛用している。

 『彼岸過迄』(明治四十五年)の田川敬太郎が持つ、友人から譲り受けた、竹の根で作られ、蛇の頭のついた洋杖は、漱石の読者にはとくによく知られている。

 友人は、自分で竹を切って、蛇の頭を彫ったのだという。

 ステッキが明治になって西洋からもたらされ、日本人にも愛用されるようになった一因は、明治九年の廃刀令によって元の侍たちがそれまでのように刀を持てなくなり、腰が寂しくなったのを補うため、という、うがった見方がある。

 しかし、いちばん大きな要因は、明治になって散歩という習慣がやはり西洋からもたらされ、散歩のお伴として愛用されるようになったことだろう。

1 2

映画は死なず

新着記事

  • 2024.04.19
    ゴールデンウイークのお出かけに!麻布台ヒルズギャラ...

    4月27日(土)~5月23日(木)

  • 2024.04.19
    箱根の宿には「おかみ」の行き届いたホスピタリティが...

    杉山留里(箱根おかみの会 会長、「和心亭豊月」女将)

  • 2024.04.19
    国の「重要文化的景観」に選定された<葛飾柴又>の知...

    京成電車下町さんぽ<1>

  • 2024.04.18
    トヨタのマークⅡでドライブしながら何度も聴いた、稲...

    「ハコバン」から28歳でデビュー

  • 2024.04.18
    韓国アイドルグループ「2AM」のジヌンもバスケット...

    4月26日(金)全国公開

  • 2024.04.17
    渡り鳥のように、4箇所をぐるぐる ─萩原 朔美 ...

    第12回 キジュからの現場報告

  • 2024.04.17
    利発で、正義感が強く、潔癖で、ちょっぴり生意気で、...

    昭和30年後半の大映映画の青春スター

  • 2024.04.11
    相模原出身のロックバンド (Alexandros ...

    相模大野駅の列車接近メロディ

  • 2024.04.11
    下町の太陽、庶民派女優といわれながら都会の大人の女...

    150万枚のミリオンセラーを記録

  • 2024.04.09
    一日限りの『男はつらいよ』シネマ・コンサート開催!...

    6月29日(土)開催

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

information »

new ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベントを開催!

イベント ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベ...

4月10日(水)~5月27日(日)

「箱根スイーツコレクション 2024」開催中 4月22日(月)まで キャンペーンも実施中

箱根 「箱根スイーツコレクション 2024」開...

Instagramをフォローして、素敵な賞品をゲットしよう

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!