21.11.03 update

昭和の「泣ける映画」は駅の別れのシーンと発車のベルが鳴っている

プラットホームに発車のベルが鳴り響くと堰を切ったように人々の感情が動き出す。
戦時中の出征兵士とそれを見送る家族には覚悟を迫られる最後の合図にも聞えたであろうし、高度経済成長期に臨時に仕立てられた集団就職列車で地方の農村から大都市へと向かう子供たちには親元を離れる寂しさと不安が一気に募る哀しい響きであり、恋の道行きの男と女には、前へ進むか後戻りするか思案の最終通告の音だったかもしれない。
昭和の時代、駅という場所は出会いよりも別れの舞台という色合いが濃く、駅での別れにはそれぞれのドラマがあった。今、電車の発車音はメロディ音になり別れのイメージも薄らいできたような気がする。


駅の別れ

~プラットホームでのそれぞれのドラマ~

文=川本三郎

昭和の風景 昭和の町 2016年1月1日号より


メロドラマの王道的な駅のホームのすれ違い

 鉄道の駅は別れの舞台になる。
 列車に乗って去ってゆく者。プラットホームで見送る者。駅は別れの場所として人々に記憶されてゆく。
 昭和の恋愛映画の代表作、昭和十三年(1938)に公開された野村浩将監督の『愛染(あいぜん)かつら』には有名な駅の別れがある。
 ヒロインの高石かつ枝(田中絹代)はいまふうに言えばシングルマザー。子供を抱えて大病院で働く看護婦。院長の息子で医師の津村浩三(上原謙)に愛されるが、彼女は未亡人。津村の親に反対される。
 二人は思い切って京都へ駆け落ちすることにする。
 夜の十一時に新橋駅で待ち合わせる。ところが、その日、彼女の子供が病気になる。約束の時間が刻々と迫る。無論、まだ携帯電話などない時代。
 彼女は仕方なく、子供を姉(吉川満子)に預けると、タクシーで新橋駅に駆けつける。
 入場券を買って、階段を駆け上がり、ようやくホームに出ると、ああ、無情にも浩三を乗せた列車は走り出したところ。「浩三さま!」と叫んでも、もう声は届かない。
 典型的なメロドラマの別れ。多くの観客の涙を誘い、映画は大ヒットした。昭和十三年と言えば、前年に日中戦争が始まっている。そんな時代にメロドラマがヒットする。まだ時代に余裕があったのだろう。

出征する父や息子をホームで見送る家族たち

 戦争が長引くにつれ、駅は出征兵士を見送る場所になってゆく。
 昭和十四年に公開された成瀬巳喜男監督の家庭劇『まごゝろ』では、最後、小学生の娘のいる父親(高田稔)が、駅(甲府駅)から列車に乗って出征してゆく。それを家族や町内会の人達が「万歳」と見送る。
 戦争に行く父親を見送るのは、娘にとってつらいことだろうが、戦時中の映画だから、そこは明るく描いている。
 当時の歌謡曲に「軍国の母」(作詞・島田磬也、作曲・古賀政男)がある。出征する息子を見送る母親の気持が、こう歌われている。
「名誉の戦死頼むぞと」「涙も見せず励まして 我が子を送る朝の駅」。そういう時代だった。

駅は人の心を感傷的にさせる

昭和30年公開の木下惠介監督『遠い雲』は高山市でロケーションが行われた。写真は浅草生まれの写真家・菅原廉緒氏(1916~87)が撮影した撮影の待ち時間のスナップ写真。


 戦争が終って平和が戻り、駅は再び、恋愛映画に恋人たちの別れの場として登場する。
 木下惠介監督の飛騨高山を舞台にした『遠い雲』(55年)。
 高山の名家の青年(田村高廣)が夏の休暇に、東京から故郷に戻ってくる。彼には初恋の人(高峰秀子)がいる。二人は愛し合っていたが、彼女は家の事情で他の旧家に嫁いだ。いまは未亡人になっている。
 再会した二人のあいだに恋が再燃する。東京へ駆け落ちすることになる。朝の高山駅で待ち合わせる。
 先に来た青年が駅で待っている。遅れて彼女が来る。列車に乗ろうとするが、小さな子供を家に置いて来た彼女は乗るのをためらう。青年一人を乗せた列車が去ってゆく。
 悲しい恋の別れになっている。
 駅は人の心をどこまでも感傷的にするのだろう。 
 理知的な三島由紀夫でさえ『仮面の告白』では、きわめて感傷的な駅の別れを書いている。
 終戦間近の昭和二十年の夏、東大生の「私は」、園子という女性と愛し合う。信州に疎開している彼女と別れ、東京に帰る。その別れの場面。
「列車が動き出した。園子の幾分重たげな唇が、何か口ごもっているような形をうかべたまま、私の視野から去った」「園子! 園子! 私は列車の一ト(ひと)と揺れ毎(ごと)にその名を心に浮べた」

1 2

映画は死なず

新着記事

  • 2024.12.05
    雨の日に聴きたくなる「レイニーブルー」を歌った徳永...

    徳永英明「レイニーブルー」

  • 2024.12.03
    きわどい熟年女性の性愛表現から母の優しさまでフラン...

    『山逢いのホテルで』見どころ

  • 2024.12.03
    東京ステーションギャラリー「生誕120年 宮脇綾子...

    応募〆切: 1月20日(月)

  • 2024.12.02
    橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦・三田明の青春歌謡四天王...

    松竹青春歌謡映画のヒロイン 尾崎奈々

  • 2024.12.02
    大注目のボートレーサーが集結した「2025年 BO...

    応募〆切:12月20日(金)

  • 2024.11.28
    第5回【東宝映画スタア☆パレード】酒井和歌子&内藤...

    文=高田雅彦

  • 2024.11.28
    クリスタルキングが歌唱した「大都会」の唯一無二のハ...

    クリスタルキング「大都会」

  • 2024.11.27
    第55回【萩原朔美 スマホ散歩】いまどきのカバン考...

    見事な自己表現!

  • 2024.11.25
    クリスマス・イブに手塚治虫の歴史的名作が蘇る!映画...

    応募〆切:12月15日(日)

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!