私の生前整理

「生前整理」には覚悟がいる

文=田中優子

 

生前整理を最初におこなったのは四十 九歳の時だった。首にできた腫れ物が気 になって健康診断時に医者に言うと、炎症が見られないので悪性かも知れない と、大きな病院での精密検査を勧められた。検査をすると腫れ物は首のリンパにできているだけでなく、顔の内部にも複数見られるという。「もしかしたら全身 に」と、検査入院となった。

これがただの検査ではない。腫れ物を取り出して細胞を精査しないと分からな いという。首からそれを取り出す手術は危険が伴うが、それを承知の上で手術を 承諾したという文書に署名もさせられ た。そこで私は手術の前に、生前整理をおこなったのである。大学から借りている図書類は全て返却し、研究費を支給さ れている研究途上の報告書は後を頼み、 持ち物やデータは精査して断捨離し、万 が一の場合の仕事の連絡先一覧を作り、必要なデータにアクセスする方法を告 げ、そして遺言も書いた。これらの作業をしているあいだに考えたのは、生き残る人が困らないように、という一点のみであった。これをきっかけに、弁護士の 友人に遺言を預けるようになり、海外に出るときに書き換えが必要な状況なら、 自筆で書いてともかく投函するようになった。生前整理が日常化されたのであ る。

(‥‥‥続きはVol.32をご覧ください)

たなか ゆうこ

法政大学総長、江戸文化研究者、エッセイスト。神奈川県 生まれ。2014年度より現職。『江戸の想像力』で芸術選 奨文部大臣新人賞、『江戸百夢』で芸術選奨文部科学大臣賞・サントリー学芸賞。その他多数の著書がある。2005 年度紫綬褒章。近著に『カムイ伝講義』『未来のための 江戸学』『布のちから』『グローバリゼーションの中の江戸』 『鄙への想い』『自由という広場-法政大学に集った人々-』など。日本私立大 学連盟常務理事、大学基準協会理事、サントリー芸術財団理事、大学設置・学校法人審議会特別委員、TBS「サンデーモーニング」のコメンテーターも務める。

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