文=室井 滋
女優
私の生前整理 2013年7月1日号より
生涯で最初に手にした
大きな買い物
バリバリのおばさんではあるが、五十路を謳歌している私にとって〝生前整理〟は、まだそれほど差し迫ったものではない。
それでも時折、何かの拍子に頭の端っこに引っかかってくることがある。〝お墓〟のことである。
私は富山県の田舎町の出身で、墓も仏壇も地元にある。富山は昔から真宗王国と呼ばれる程、浄土真宗の寺や檀家が多い町で、うちもそれに洩(も)れない。おまけに私で十代目となかなか古い家柄で、過去には寺の檀家総代を務めたこともあったらしい。よって、うちの墓は寺のお御堂(みどう)のすぐ横、寺自体の大きな墓の横に現在もあるのだが……。
実は私が生涯で最初にした大きな買い物というのが、この墓なのである。
あれは女優としての生計がようやく立ち始めた頃のこと。大手化粧品メーカーとCM契約をし、いつもと桁違いのお金が銀行に振り込まれた直後だった。
田舎の伯母から、「シゲちゃん大変! 夕べの強風であんたん家(ち)の墓石が崩れ落ちたがよ。だいぶ古かったもんね。伯母ちゃん助けたげっから、すぐに修繕されよ。早くせんとバチあたっちゃよ」という連絡が入った。
両親はとうに離婚し、頼みの父や祖母も私の大学時代に他界し、室井家は私一人っきり。これはどう考えても室井家先祖一同が通帳の入金を待ち、踏んばり、そして“ついに!”だったのではと。私には思えて仕方なかった。それゆえその大金で、私は新しく墓を建て替えたのだった。
ご先祖様が
守ってくれている
お世話になった墓石屋さんから、「お若いのに偉いね。きっとご先祖様が守ってくたはれるちゃ」と言ってもらった通り、それ以降の私の仕事には、自分の実力以上のチャンスが訪れた。
大きな怪我や病気もなく今日まで来れたのは正(まさ)に父達先祖代々のお陰と日々感謝している。
いや、それどころか自分が建てた墓に皆が眠っていると思うと、ついつい偲(しの)びたくなって、私はずっと月に一度帰省しているのだ。
つまり、今のところ、私が墓守りをしっかりやっているわけだが、問題は私が死んだ後のことである。
私には長年共に暮らすパートナーがいるが子供はいない。室井家は本家で、すでに分家も娘達が嫁ぎ、跡取りがいない状態なのだ。
少子化の一途をたどる我が国に、同じ悩みをかかえる人はさぞかしと思うが、それにしても一体どうしたら良いのだろう。
「私はいいの。誰もお参り来てくんなくっても……。でも、可哀想! お父さん、お兄ちゃん、じいちゃん、ばあちゃんも……。お盆やお彼岸ぐらい誰かお花を手向(たむ)けてくんなきゃ~」
こうなったら頑張って、私自身があと半世紀生きて墓守りするっきゃないか……。
いっこうに答えは出ず、堂堂回りの行き着く先は、いつも決まってそんなところなのである。
もろい しげる
富山県出身。早稲田大学在学中に‘81年映画「風の歌を聴け」でデビュー。映画「居酒屋ゆうれい」「のど自慢」「OUT」「ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~」などで数多くの映画賞を受賞。NHK Eテレで放送中の「俳句さく咲く!」(第4日曜6:35~7:00)に出演。また、今夏発刊予定の絵本『ウリオ』(世界文化社)の他、『ドレスよりハウス 家を建てて一人前!』(マガジンハウス)、文庫『マーキングブルース』(メディアファクトリー)、『すっぴん魂大全 紅饅頭/白饅頭』(文藝春秋)など著書多数。現在、全国各地で『しげちゃん』絵本ライブを開催中。