人生出たとこ勝負

私の生前整理 2014年10月1日号より


 

文=内館牧子

(脚本家・作家)


人生何が起こるか
わからない

 私の人生訓は、「人生出たとこ勝負」であるため、「生前整理」など一度として考えたこともなく、それはどうも単純に「性に合わない」ようです。

 もちろん、人間には必ず終わりが来ることはよくわかっていますし、数年前に旅先の岩手県盛岡市で突然倒れた私です。動脈と心臓の急病に襲われ、生死の境をさまよい、あろうことか臨死体験までしたのです。

 救急搬送された岩手医大附属病院で大手術を受け、九死に一生を得たことで、「生還」後には、多くのメディアから出演依頼がありました。でも、大半はお受けできませんでした。というのも、先方は必ず、

「人生観が変わったでしょう。その心の変化をお話頂きたい」

 とおっしゃるのです。

 私はあれほどの体験をして、死を身近に感じざるを得なかった。なのに、人生観は何ら変わらず、人生訓はさらに自信を持って、

「人生出たとこ勝負」

 に行きついたのですから、これでは話にならないわけです。

 私には、この「人生出たとこ勝負」が一番ピッタリきます。人生は先々に何が起こるかわからず、それこそ思ってもみないことが起こります。いいことも、悪いこともです。

 私がどうして、あの急病を予測できたでしょう。あり得ません。定期健康診断でも数々の医療的チェックでも、何ら問題はなかったのです。急病というものは急に来るのだと、つくづく実感させられました。

その時々で勝負する

 生きていると、「突然」があまりにも多いことに気づかされます。「突然」に対し、前もって手を打ったり、整理しておくことに私はまったく意味を見ません。それらの準備には、どうしても多少のストレスがかかります。いつ突然来るかわからないものに対し、ストレスは覚えたくありません。

 そんなわけで、「死」に対しても今後も準備することはないでしょう。遺族が悶着を起こすようなモノを持っていないことも、私にとってはとても幸いです。

 作家の上坂冬子さんが、

「内館さん、先々なんて考える必要ないわよ。その通りにならないんだから、その時々を思ったように生きることよ」

 と幾度もおっしゃっていました。思いもかけず早く亡くなられましたが、ある日、弟さんが私に形見を持って来てくださいました。

「姉は好き勝手に自由に生きて、病気になったらなったでみごとに闘いました。病床でやるべき事を全部やり、何冊もの出版にこぎつけて亡くなりましたよ」

 と微笑された時、「その時々を思ったように生きること」を、そして「その時々でぶつかった事態と勝負すること」を、病室でも力強くまっとうされた上坂さんの姿が浮かびました。

 そして、これこそが、「人生出たとこ勝負」の究みだと、ますます力を得たのです。


うちだて まきこ

1948年秋田県生まれ。武蔵野美術大学卒業。東北大学大学院修士課程修了。三菱重工業に入社後、13年半のOL生活を経て、88年に脚本家デビュー。テレビドラマの脚本に「ひらり」「毛利元就」「週末婚」「私の青空」「昔の男」「白虎隊」「塀の中の中学」など多数。93年第1回橋田賞。2011年モンテカルロ・テレビ祭で三冠を受賞。00年9月より女性初の(財)日本相撲協会・横綱審議委員会審議委員に就任し、10年1月任期満了により退任。11年4月東日本大震災復興構想会議委員に就任。近著に『養老院より大学院』(講談社)、『十二単衣を着た悪魔 源氏物語異聞』(幻冬舎)、『毒舌主義』(潮出版社)など。

2014年10月1日 Vol.21より
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