本と標本箱の重圧

文=奥本 大三郎

ファーブル『昆虫記』をライフワークにしたばっかりに

 

「人生の前半は、散らかし放題に散らかし、後半は、その整理に費やした」というようなことを言ったのは、カサノヴァではなかったか。初めてこの文句を聞いた時は「大袈裟な」と思ったけれど、結局は私も似たようなことをして来た。ただし、カサノヴァのように女関係で、ではなく、本と虫の標本で、である。

もう何十年も、私はファーブル『昆虫記』の翻訳に携わっている。その間、南フランスのファーブルゆかりの地で実物の昆虫を採集し、資料を集めて来た。ファーブルと南仏に関するものなら、標本や文献だけでなく、机や椅子や農機具のように、ほとんど何でもいい、という調子なので、狭い家の中にだんだんと物が溜まって来た。

本は、フランス文学と博物学関係の ものが多い、とはいうものの、いろんな 分野のものに手を出す。昆虫の標本も、 全世界からほとんど何でも、採ったり、 買ったりする。それでひと頃は、世界中 の標本商に、いつも借金が四百万円ばかりある、というような状態になった。 払ってはまた買うことの繰り返しで、お 金はじっと停滞しているわけではなく、 借金の血管の中で古い血は出て行き、新 しい血が入る。金という血液は循環して いることは循環しているのである。

 そのうちに二階建ての家の畳が、本と 標本箱の重みでずしりと沈み込んでしま うようになった。そう言えば、中国の古 い硯のコレクションも始めたのだが、硯 はもちろん石であるから、それこそ純粋 に重い。重さの塊である。
 
それだけ物が狭い所に集積してある と、本でも、標本でも、探すものはなか なか見つからない。特に標本箱に中身の 虫のタイトルが書いてなかったりする と、この箱に入っているはず、と何段に も積み上げてある箱をようやく下ろして みて、あっ、違った、というような、トラ ンプ遊びでいえば神経衰弱のようなこと になってしまうのであった。

30 トンの標本と 10 トンの 文献の行きつく先は?

 

そのうちに友人の助けで、日本アン リ・ファーブル会というNPOが出来、住んでいた家をつぶして「ファーブル昆 虫館   虫の詩人の館」という、小さな施 設を建てることが出来た。四階建てに地 下一階。二階に標本収蔵庫、四階に書庫 がある。地下にはファーブルの生家を再 現。
 
しかし、人間の住む所が無くなって、 マンションに引っ越した。そして「し まった」と思った。
 
元の家は、文京区千駄木の住宅街に あって、固定資産税が大変高い。これは 自分が住んでいないから高いのだとい う。税金と水道光熱費で年間四百万。ボ ランテイアの皆さんには交通費ぐらい は払うけれど、他には一銭も払ってい ない。「ファーブル会」でいろいろ収益 事業はするものの、まさに焼け石に水。じゃ、部屋を空けて人に貸せ ば、と思っても、それには改 造費がいるし、NPOとは認 められないかもしれない。活 動が停止したら、NPOの資 産は没収だそうだ。
 
それでもこの十年の間に、 我々の会で昆虫採集や標本の 作り方を教えた子供の数は、 延べ数千人になったであろ う。社会的貢献を、少しは果 たしたのではないかとうぬぼ れている。

 学校も定年になり、今はた だの物書き、翻訳者であるか ら、金はとても足りない。寄付も途絶え、 資金切れで建物を没収されたら、 30 トン の標本と 10 トンの文献をどうしようかと 思う。こうなると、退くもならず、進む もならず、まさに立ち往生である。遺言 書には項羽の「垓下歌」でも引用し、「虞 や虞や、若(なんじ)を奈何(いか)にせ ん」とでも書いておこうか。

 

おくもと だいさぶろう

1944 年大阪生まれ。フランス文学者、作家。東京大学大学院修了。大阪芸術大学教授、埼玉大学名誉教授、NPO日本アンリ・ファーブル会理事長、ファーブル昆虫館「虫の詩人の館」館長。著書に『完訳ファーブル昆虫記』(集英社)、『ファーブル昆虫記ジュニア版』(集英社、産経児童出版文化賞受賞)、『楽しき熱帯』(集英社、サントリー学芸賞受賞)他多数。


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