〝語り部〟の責務

私の生前整理 2017年4月1日号より

文=藤原作弥
エッセイスト、ノンフィクション作家

九死に一生を得た
満蒙の体験

 私がジャーナリストの道を選んだのは、祖父や父の放浪癖と好奇心のDNAを受け継いだからだと思う。

 父は言語民俗学者で、ウラルアイタイ語族のシャーマン(霊媒)の言語文化を調査・研究するフィールドワーカーだった。まず、仙台を皮切りに、日本の東北各地を巡り、恐山の巫女(みこ)、津軽の瞽女(ごぜ)、出羽三山の山伏などの呪文、経文、祭文などの伝承歌を採集した。その後、アルタイ語の北朝鮮(清津)に渡り、さらに、モンゴル族のシャーマン言語文化を探訪するため、満蒙にまで足を延ばした。

 ソ連国境の僻地、旧満州・興安街(現・中国内モンゴル自治区ウランホト市)に住んだのは国民学校(小学校)2、3年生の時期だった。牧歌的な草原で羊の群れを追いかけて遊んだのも束の間、1945年8月9日、ソ連戦車軍団が突然侵攻してきた。翌10日私たち一家は辛うじて現地を脱出、九死に一生を得て、南満州の港町・安東(現・丹東)まで辿りついた。そして翌46年秋、日本に引き揚げるまでの約一年半、同地で厳しい難民生活を送ったのである。
 父は古本屋の雇われ番頭、母は服地店の売り子、私は闇市でタバコ売りをしな
がら、口に糊した。現在、世界中で難民問題が深刻化しているが、当時、満10歳
に満たない私が垣間見たのは、スリ、強盗などの犯罪、飢餓、伝染病などの貧困、麻薬、売春などの堕落……。私は旧約聖書の「ソドムとゴモラ」のような悪徳の世界で大人になるための通過儀礼を受けたのだった。

〝温故知新〟
─私たちが為すべきこと

 長々と個人的体験を記してきたのには意味がある。私たち一家は無事に日本に
帰国し、〝飽食の時代〟とまでいわれる戦後日本の高度成長経済を享受したが、
当時、同じ満蒙の町に住んでいた同胞約1200名は逃避行中に、ソ連戦車軍団に追いつかれ、ラマ寺の麓で大量殺戮された。「葛根廟(かっこんびょう)事件」と呼ばれる草原の悲劇である。
 私は長じてジャーナリストになりノンフィクション作家との二足の草鞋(わらじ)を履き、満州体験を取材中、遅ればせながらその事件の全貌を知った時、地に伏し天を仰いで動哭した。クラスメートの大半も真夏の草原を赤い血で染めていた。私は自分一人が生き残った──という後ろめたさに似たトラウマに苛まれた。それ以来、引揚問題や残留孤児に関するボランティア活動に加わり、何度も慰霊の旅に参加した。

 一昨年は終戦70周年、生き残った人たちと共に現地を訪れた。また当時の悲劇
を記録した『葛根廟事件の証言─―草原の惨劇・平和への祈り』という大冊を刊
行した。引揚70周年の昨秋には、一般社団法人・国際善隣協会などの主催で、学
者を含む引揚関係者によるシンポジウムを開催した。
 80歳になった今、振り返ってみると満州体験は私の人生の原点だった。沖縄戦、ヒロシマ・ナガサキ、東京大空襲、私たち世代にはあの戦争を伝える〝語り部〟としての残務がある。温故知新(過去の事実から新たな教訓を学ぶ)、期せずしてそれが私の生前整理となった。

ふじわら さくや
エッセイスト、ノンフィクション作家。1937年宮城県仙台市生まれ。62年東京外国語大学フランス語科卒業、時事通信社入社。経済部記者として大蔵省担当、オタワ、ワシントン特派員、日本銀行、経団連、外務省などの担当を経て、解説委員、解説委員長を歴任。98年~ 03年日本銀行副総裁に就任。82年『聖母病院の友人たち』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。著書に『李香蘭私の半生』山口淑子との共著、『満州の風』、『素顔の日銀副総裁日記』など多数。

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