何かに見える

萩原朔美のスマホ散歩

散歩は、街を一冊の本のように読む事。だから、ついつい長引いてしまう。おまけに、携帯で撮影もするから散歩だか家出だか分からない。同じ場所を毎日撮る定点観測。奇異に感じた光景。同型の収集。カーブミラーに映る自分等。
面白いことに、散歩のついでだった撮影が、今では撮影するための散歩になってしまった。手段の目的化だ。これから展開する画像を見た人達が、それぞれ自分の好みで街を散歩し撮影し始めてくれたら、とても嬉しい。


第2回 2020年7月30日

蔦や朝顔などが家の壁に緑色の絵を描いてる。一目で分かるのもあれば、抽象絵画のように思えるのもある。何かに見えるのは、一瞬面白い。なんだか分からないのは、数日面白い。で、一番面白い事は、いつまでも変化し続けることだ。いつまでも未完。あるいは非完だから面白いのかも。


photo by Gombi

はぎわら さくみ

エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだらなんでも書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の館長を務める。