21.03.29 update

俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史の残る数々の名作生んだ「帝劇」百年のロマン

SPECIAL FEATURE 2011年10月1日号より

明治四十四年、日本初の西洋式劇場として開場した帝国劇場が今年百年を迎えました。観客席に座席番号をつけ、チケットのもぎりを実施するなど近代的な劇場運営は帝劇から始まりました。様々な劇団に門戸を開放し、古今東西の名作を舞台にのせ、芸術性と大衆性を融合させることに努めた帝劇から、新しい文化が生まれたのです。大正時代の三越百貨店の広告コピー「今日は帝劇、明日は三越」は流行語にもなり、そこには、「帝劇を見ずして芝居を語ることなかれ」とも記されています。現在の建物は二代目で、昭和四十一年にお披露目されました。以来、数々の名優が舞台を彩り、演劇史に残るいくつもの名作が帝劇から誕生します。そして今、俳優たちが「聖地」とも呼ぶ帝劇の百年目の開幕ベルが鳴り響きます。
写真提供:東宝株式会社 演劇部

「帝国劇場」が生み出したもの

文=山川 静夫

旧帝劇で上演された歌舞伎と宝塚

  昭和二十七年─大学生になったばかりで東京にはあまりなじみのない頃だった。いい陽気の五月だったと思うが、学友と二人で渋谷から有楽町まで徒歩で散策したことがある。
 青山から赤坂見附、三宅坂から桜田門というコースを、田舎者よろしくのんびりと歩いて、日比谷交叉点に立った。右手の日比谷公園の前には赤レンガの帝国ホテル、左手の皇居濠端前には帝国ホテルと同じ色調の古めかしい建物が見えた。これが私の帝国劇場との出会いだった。その時は「あれが帝国劇場か」という程度の印象だったが、昭和二十七年といえば帝劇の第三期(一九四五〜一九六五)に当る。
 それからしばらくして、歌舞伎好きの学友に誘われて歌舞伎座で観劇したのがきっかけで〝芝居狂い〞に火がついた。声色を覚え、大向うから声を掛け、それが歌舞伎通の古老に認められて大向うの会に入り、東京の各劇場は〝木戸御免〞となる。帝国劇場に初めて入場したのは昭和二十九年十一月の関西歌舞伎公演の時だ。焼け残りの古い帝国劇場はすでに老朽化していて、三階席には時折ネズミが顔を出すといううわさもあったが、そんなことには無頓着の私は、初日から千穐楽(せんしゅうらく)まで一日も欠かさず帝劇に通い詰めた。特に二代目鴈治郎の『引窓』に魅せられ、連日「成駒屋!」と声を掛けまくり、鴈治郎に喜ばれた。
 その頃、小学生だった私の家内は宝塚に夢中で、浅草橋から帝劇に通っていた。東京宝塚劇場が進駐軍に接収されていて、宝塚公演はすべて帝劇だったのである。家内は今でも往時をなつかしむ。
「越路吹雪の『カルメン』がすごく大人っぽく見えてねえ。『河童まつり』の八千草薫が可愛く、『源氏物語』の春日野八千代がこの世のものとも思えぬ美しさ。『ジャワの踊り子』では明石照子、淀かほる、寿美花代がよかったわよ!」
 少女たちにとって、この帝劇の宝塚公演は夢の世界だったのだろう。

昭和26年に第1回帝劇コミックオペラとして上演された『モルガンお雪』主演の越路吹雪

 この第三期で忘れてならないのは、昭和二十六年二月から三月にかけて上演された〝第一回帝劇コミックオペラ〞『モルガンお雪』で、日本のミュージカルのさきがけとなった作品だろう。菊田一夫作、宝塚のプリマ越路吹雪・古川緑波・森繁久彌という出演者だから、その舞台の楽しさは容易に推察することができる。しかし、本格的なミュージカルが日本に根づくには、まだ時節を待たねばならなかった。旧帝劇は昭和三十年一月からシネラマ映画の専門館となり、やがて建て替えとなる。

昭和55 年『女たちの忠臣蔵』(左から)松原智恵子、香川京子、草笛光子、大空眞弓、和泉雅子、山田五十鈴

 

昭和41年新装帝劇の舞台機構を駆使し菊田一夫脚色・演出の帝劇グランド・ロマン『風と共に去りぬ』が5ヶ月のロングランの大ヒット。
スカーレットとレット・バトラーは有馬稲子&高橋幸治(左)と那智わたる&宝田明のWキャスト。舞台上に本物の馬が登場したのも話題となった。
『ラ・マンチャの男』平成14年公演で、松本幸四郎(当時)は主演1000回を達成。また松たか子が歴代最年少のアルドンサを演じ現在も息のあったコンビが続いている。初演は昭和44年。(写真提供:松本幸四郎事務所)

1 2 3 4

映画は死なず

新着記事

  • 2024.03.18
    「箱根スイーツコレクション 2024」開催中 4月...

    Instagramをフォローして、素敵な賞品をゲットしよう

  • 2024.03.18
    八王子夢美術館「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」観賞券

    応募〆切:4月7日(日)

  • 2024.03.14
    エミール・ガレやルネ・ラリックのコレクションの3つ...

    4月11日(木)オープン

  • 2024.03.14
    太地喜和子、原田芳雄、地井武男、前田吟らとともに劇...

    3月14日がお誕生日!

  • 2024.03.14
    日活青春コンビが歌い大ヒットした〝ベンチャーズ歌謡...

    ベンチャーズ歌謡の大ブームを巻き起こした

  • 2024.03.12
    笑って、泣けて、役に立つ、ゴキゲン、ムービー!『お...

    応募〆切:4月22日(月)

  • 2024.03.11
    都会のど真ん中のお花見はこう楽しむ! アークヒルズ...

    ヒルズの春のお祭り

  • 2024.03.08
    スティーブ・ジョブズも愛した木版画家・川瀬巴水の世...

    4月5日(金)~6月2日(日)

  • 2024.03.08
    夜中の頻尿脱出法 ─萩原 朔美の日々      

    第9回 キジュからの現場報告

  • 2024.03.08
    ベストセラー『桃尻娘』の橋本治とは何だったのか、こ...

    3月30日(土)~6月2日(日)

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

information »

new 「箱根スイーツコレクション 2024」開催中 4月22日(月)まで キャンペーンも実施中

箱根 「箱根スイーツコレクション 2024」開...

Instagramをフォローして、素敵な賞品をゲットしよう

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!