川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

SPECIAL FEATURE 2015年7月1日号より


戦前には『自由を我等に』『制服の処女』『会議は踊る』『望郷』など、戦後になって『天井棧敷の人々』『第三の男』『禁じられた遊び』『黒いオルフェ』など後に、映画史上不朽の名作といわれる数々のヨーロッパ映画を輸入し、日本人に紹介した川喜多長政、かしこ夫妻。夫妻の存在があればこそ日本人はヨーロッパ映画という文化を知ることができた。また、『新しき土』で日本初の国際合作映画を製作し、『羅生門』のヴェネチア映画祭出品に協力し、以後も『七人の侍』『雨月物語』など数多くの日本映画を海外に紹介し、日本映画の普及に努めた立役者でもある。世界の映画人にとって日本映画を知る窓口であった夫妻は、世界中の国際映画祭に招かれ、審査員も数多く務めることになった。かしこ夫人の著書に『映画が世界を結ぶ』があるが、夫妻は映画を愛し、生涯映画とともに生きた国際的映画人であった。

企画&写真協力=公益財団法人川喜多記念映画文化財団
企画協力=鎌倉市川喜多映画記念館
参考図書=『映画が世界を結ぶ』(川喜多かしこ、佐藤忠男共著)

文=佐藤忠男


一九五〇年代の日本映画の時代 世界の注目を集めた
川喜多長政&かしこ夫妻

 戦後、日本がまだ貧しく、外国旅行など外貨持出しの厳しい制限があったりして困難だった頃、日本人でこんなに絶えず飛行機で世界を飛びまわっている女性は他にはいないだろうと言われて羨望の眼で見られていたのが川喜多かしこ夫人である。映画の輸入会社の東和映画の副社長だったから、当然その仕事のためもあったが、世界各地で盛んに行なわれるようになった国際映画祭から賞の審査員を頼まれることが多く、それで飛びまわっていることが多かった。

 一九五一年のヴェネツィア国際映画祭で黒澤明の『羅生門』がグランプリを受賞したのをきっかけに、それまで国際的には殆んど知られていなかった日本映画がとつぜん世界でもてはやされるようになり、一九五〇年代は日本映画の時代となったが、するとどこの映画祭も日本人を審査員に加えたくなる。そうなると戦前から日本の映画業者としてヨーロッパでも作品選択の眼の高さを知られていた川喜多長政、かしこ夫妻に注目が集るし、長政氏が商売に専念しなければならないとしたら当然かしこ夫人が選ばれることになる。なにしろ夫人は、英、仏、独語が出来るうえに、ふくよかな、はじらいがちな美人で、外国人が日本女性に対して持つ好意的なイメージの典型のようなしとやかな人であった。その日本的というところをご本人自身がよく自覚していて、夫人はつねに紫色の着物姿だった。

 余談だが、同じ映画祭に私と妻がご一緒に参加することになると、夫人は私の妻に「着物をお持ちなさいね」とおっしゃるのが常だった。着物を持参するということになると、帯まで一式、私がトランクで持って運ばなければならないのでたいへんなのだが、妻はもう大喜びだった。そんな私たちに、夫人は長政氏とともによく、外国人とのつきあいかたを教えて下さったものだ。まず、ぜったいに女性にものを持たせてはいけない、ということから始まって。

1935 年、パテ・ナタン撮影所で『地の果てを行く』を撮影中のジャン・ギャバン(左)とジュリア ン・デュヴィヴィエ監督(中)を訪ねた長政氏。ギャバンを発見し、その才能を引き出したのは デュヴィヴィエ監督で、このコンビは『望郷』で詩情あるギャング映画を打ち出した。

1937年、日独合作映画『新しき土』(アーノルド・ファンク、伊丹万作監督)を携えて渡欧後、アメリカ経由で帰国のためシェルブールからクイーン・メアリー号に乗船の一行。左から長政氏、主演の原節子、原節子の義兄にあたる熊谷久虎監督、かしこ夫人。
1953 年「第一回フランス映画際」で来日した折、ジェラール・フィリップ夫妻を歌舞伎の七代 目尾上梅幸に紹介するかしこ夫人。フィリップは映画祭の期間『蟹工船』『女の園』など十数 本の日本映画を見て、帰国後、フィリップ夫人とともに「日本映画の啓示」という主題で論文を新聞に発表し、日本映画が初めてヨーロッパの映画知識人の間に強い興味を引き起こすことになった。 フィリップの主演作に『パルムの僧院』『赤と黒』『モンパルナスの灯』などがある。
2015年7月1日 Vol.24より

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