20.09.28 update

「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

SPECIAL FEATURE 2009年11月25日号より

昭和12年の創刊以来、女性たちにいち早く時代の風を送り続けている冊子「花椿」。72年間にわたり「花椿」が伝えてきたことは、人々が美しく生きるために必要な「美」と「知」の提案です。化粧や美容、ファッションの新しい情報を提供しながらも、それ以上に特筆すべきは、「花椿」が世の女性たちの生きる道標であったということでしょう。その背景には「リッチ」という美意識の豊かさが存在しています。今なお変わることなく、時代の風を運ぶメッセンジャーである「花椿」の72年の歴史の扉を開いてみましょう。

文・石川理夫 取材協力:株式会社資生堂 撮影:斎藤実

母の鏡台で出会った
ひとつの冊子


 小さい頃、家に母が愛用していた大きな三面鏡付き衣装箪笥があった。母の嫁入り道具の中で空襲をかろうじてまぬがれた一つだったらしい。重厚で黒光りした箪笥の上に置かれていたさまざまなもの、三面鏡の奥に拡がる世界に私はしばしとりこになった。

 ひとり留守番のとき、化粧台を兼ねた箪笥の上でよく手にとった雑誌風の体裁の冊子がある。当時数少ないカラー表紙を飾るのは、子供の目にも美しい女性たち。さわやかな笑顔、意志を秘めた目線に惹かれたのだ。

 頁をめくると、たとえば覚えているのは、緑の高原を舞台に妖精のように舞う女性たち。凛ときれいに伸びきった姿態が鮮烈だった。後で読み返すと、これは「春の野外化粧」の記事に付いていた写真で、モデルは小牧バレエ団と石井漠舞踊団(1957年4月号)。ポーズが決まっていたのは無理もない。

 外国人もよく登場し、海外への憧れをかきたてた。当時の私には、三面鏡を前に母の口紅を使ってみるような妖し心は浮かばなかったけれど、冊子からは未知の女性たちの姿が化粧品のように薫り立つようだった。

 これが化粧品店を通じて資生堂が消費者に提供していた『花椿』誌だったことは、表紙の印象的なロゴから覚えている。化粧品でなくても、女性がいきいきと輝く世界を私にのぞかせてくれたのが『花椿』だったのである。

昭和12年の創刊、
70年以上続く『花椿』


花椿」の前身「資生堂月報」と「資生堂グラフ」。

『花椿』が資生堂の愛用者組織「花椿会(現・花椿クラブ)」発足に合わせて、会員を中心に消費者に配る月刊誌として創刊されたのは1937(昭和12)年の秋。前身は、大正時代の1924(大正13)年に創刊された『資生堂月報』という化粧品業界初の消費者向け機関誌までさかのぼる。

『資生堂月報』は昭和に入って不況で2年ほど休刊した後、1933(昭和8)年に『資生堂グラフ』と改称。よりビジュアル化した文化情報誌として復刊し、『花椿』はそれを引き継いだ。戦時中休刊を余儀なくされたが、今も毎月刊行されているので、『花椿』は70年以上続いていることになる。

 雑誌の休刊が相次ぐ昨今、この持続力はすごい。そういえば、日本のギャラリーで最も歴史が古い資生堂ギャラリーも、今年12月で90周年を迎える。これは企業の力だけでなく、強い意思、目的心がないと続かないだろう。

『花椿』の場合、刊行を支えるスピリッツは、戦前の時代からかいま見える。タイムスリップする気分で『花椿』の世界にみなさんを誘いたい。

 創刊号は1937(昭和12)年11月号である。戦後復刊した時とサイズは同じ雑誌のB5判に近く、表紙を入れて24頁。多色刷り表紙には、着物姿と洋服姿の女性二人が緑園に並び立つ。

 着物のデザインも素敵だが、赤い飾りの付いたトルコ帽みたいな帽子に洋装の女性は、『花椿』の表紙モデルに多く登場した東宝映画の女優さんなのだろうか、名前はわからないが涼やかな目元の美女。ファッションは今でも「モダン!」と言っていい。

創刊号表紙
ハリウッド・ファッションやパリ・モードをいち早く日本女性に紹介したのも「花椿」。59年にはパリ・オートコレクションのレポートも。
60年6月号は「花椿」復刊10周年ということで、「モード十年」として復刊以来のファッションの歴史を振り返っている。

1 2 3 4

映画は死なず

新着記事

  • 2024.12.03
    きわどい熟年女性の性愛表現から母の優しさまでフラン...

    『山逢いのホテルで』見どころ

  • 2024.12.03
    東京ステーションギャラリー「生誕120年 宮脇綾子...

    応募〆切: 1月20日(月)

  • 2024.12.02
    橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦・三田明の青春歌謡四天王...

    松竹青春歌謡映画のヒロイン 尾崎奈々

  • 2024.12.02
    大注目のボートレーサーが集結した「2025年 BO...

    応募〆切:12月20日(金)

  • 2024.11.28
    第5回【東宝映画スタア☆パレード】酒井和歌子&内藤...

    文=高田雅彦

  • 2024.11.28
    クリスタルキングが歌唱した「大都会」の唯一無二のハ...

    クリスタルキング「大都会」

  • 2024.11.27
    第55回【萩原朔美 スマホ散歩】いまどきのカバン考...

    見事な自己表現!

  • 2024.11.25
    クリスマス・イブに手塚治虫の歴史的名作が蘇る!映画...

    応募〆切:12月15日(日)

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

  • 2024.11.20
    能登の子どもたちや被災者を、美しい音楽で励ましてく...

    被災者に勇気を与えるウイーン・フィルの活動

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!