22.09.29 update

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 


本年、没後80年ということで、全国の文学館、美術館などで、それぞれに切り口を工夫して「萩原朔太郎展」といったものが開催されている。
萩原朔太郎という詩人、そして朔太郎の詩集『月に吠える』は教科書にも載っていたので名前くらいは知っている。でも、それ以上は何も知らないことを知った。
もしかすると、そんな人は意外と多いのではなかろうか。
「萩原朔太郎大全」と銘打って、全国52の施設で、それぞれにテーマを設けて展覧会が催される詩人・萩原朔太郎とはどんな人物だったのか。後の詩壇に大きな影響を与えた口語自由詩を確立した詩人として〝日本近代詩の父〟と称される萩原朔太郎。
「萩原朔太郎大全」は、萩原朔太郎という詩人を知る旅なのかもしれない。
朔太郎の孫で、弊誌でも多くの文章を寄せていただいている萩原朔美さん。
詩が苦手だったという朔美さんは、前橋文学館の館長に就任して詩と向き合わざるを得ない状況になり、そこで朔太郎の詩も読み始めた。
そして、初めて詩の魅力がわかるような気がし始めたという。
萩原朔太郎という詩人が言葉とどのように向き合ったのか、
朔美さんと一緒に朔太郎を訪ねる詩の世界に出かけてみることにした。
本来の言葉が持っているという「言葉の素顔」に出会えるかもしれない。

写真提供:萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館


昭和15年~16年頃、晩年の萩原朔太郎
1886(明治19)年11月1日―1942(昭和17)年5月11日。 群馬県前橋市生まれ。詩人。従兄である萩原栄次から短歌の手ほどきを受け、文学の道に入る。後に詩に転じ、1917(大正6)年に第一詩集『月に吠える』を刊行。口語の緊迫したリズムで、感情の奥底を鮮烈なイメージとして表現し、後の詩壇に大きな影響を与えた。さらに、1923(大正12)年に出版した『青猫』で、口語自由詩の確立者として不動の地位を得る。享年55。

言葉の素顔とは?

「萩原朔太郎大全」の試み。

文=萩原 朔美

 実は、私長い間詩が苦手だった。

 と同時に、小説も積極的に読まなかった。それはそうだ。祖父が詩人で、母が小説家なのだ。素直に、まるで家業を継ぐために文学を目指す、など考えることすら不快だった。

 そんな自分が、初めて文章を書いたのは、婦人公論の編集者が声をかけてくれたからだ。

 当時、20歳の私は生まれて初めて舞台に立っていた。美輪明宏さんの息子役だ。その事を文章化する注文だった。国語のテストずっと零点だったのに、意外にスラスラ書けた。

 それ以来、雑文は書き続けたけれど、詩だけはダメだった。当たり前だ。雑文は言葉が手段だけれど、詩は言葉が目的なのだ。同じ文字を使っているけれど、全く別物だ。詩は誰でもスラスラ書けるものではないのだ。

 だから、私は、ずっと詩から遠く離れていたのである。

 ところが、7年前、いきなり苦手な詩と付き合わざるをえなくなってしまった。文学館の館長を前橋市長から仰せつかったのだ。前橋文学館は、萩原朔太郎をはじめとして多くの詩人を輩出したことが分かる文学館だ。詩が苦手だからといって、逃げる訳には行かない。意識的に避けていた朔太郎の作品も読む羽目になった。

 仕方なく読んでいると、全く想像していなかった事が起こった。詩の魅力のようなものが、少しだけ分かるような気がしはじめたのだ。

 例えば、朔太郎の詩に

「静かに軋れ四輪馬車」

 というフレーズがある。声に出して読んで気がついた。「静かに軋れ四輪馬車」は、「し」が4回出てくるの。試しに、「し」「し」「し」「し」と、4回声に出すと、なんだか口に指を当てて、静かにしなさいと言われているような気がしてくるではないか。詩は意味だけではなく、音として感じることも可能だと分かったのだ。

 田村隆一の

「ウイスキーを水でわるように、言葉を意味でわるわけにはいかない」

 というフレーズを思い出した。意味に囚われてばかりいると、詩の音楽が聴こえてこなくなるのだろう。

第一詩集『月に吠える』初版無削除版
経済的にも恵まれていた萩原家には家族写真も多く残されている。大正14年に上京してから、転居の多かった朔太郎だが、昭和6年47歳の時世田谷区の代田に自ら設計した家を建て定住の地を得た。新居には、母ケイ、妹アイ、長女葉子、次女明子の5人で住んでいた。写真は昭和9年頃のもの。前列左が朔太郎、妹ワカの長女大場英子と英子の長女。後列左から長女葉子、次女明子、母ケイ、妹ワカの次女澄子。

────────────

◇    ◇    ◇ 本文、次頁へ

1 2 3 4

映画は死なず

新着記事

  • 2024.03.28
    【帯津良一・88歳のときめき健康法】 あぁ、狂おし...

    文=帯津良一

  • 2024.03.28
    サントリーホールの春の人気無料イベント 「オープン...

    4月6日(土)11:00~

  • 2024.03.28
    「しあわせになりたいなぁ」と呟くように歌唱する、国...

    「はるみ節」で、レコード大賞3冠受賞

  • 2024.03.27
    街を歩けばアートになる

    変圧器はスクリーン

  • 2024.03.27
    画鬼・河鍋暁斎「地獄極楽めぐり図」と「武四郎涅槃図...

    4月13日(土)~6月9日(日)

  • 2024.03.26
    5年後(2029年)に高さ260mの高層ビルの出現...

    新宿駅西口地区開発計画

  • 2024.03.26
    軍事政権下の暗黒のミャンマーで闘う監督自らのドキュ...

    応募〆切:4月21日(日)

  • 2024.03.26
    舞台は19世紀後半のアイスランド。壮大なスケールの...

    3月30日(土)全国順次公開

  • 2024.03.25
    ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベントを開催...

    4月10日(水)~5月27日(日)

  • 2024.03.25
    山梨県立美術館「ベル・エポック─美しき時代 パリに...

    応募〆切:4月17日(水)

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

information »

new ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベントを開催!

イベント ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベ...

4月10日(水)~5月27日(日)

「箱根スイーツコレクション 2024」開催中 4月22日(月)まで キャンペーンも実施中

箱根 「箱根スイーツコレクション 2024」開...

Instagramをフォローして、素敵な賞品をゲットしよう

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!