20.06.13 update

久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、
テレビと遊んだ男

SPECIAL FEATURE 2012年7月1日号より

「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「ムー」「ムー一族」。いずれも久世光彦さんの演出のテレビドラマだ。子供から大人までを夢中にさせ高視聴率を誇ったこれらの作品はユニークだとか、型破りであるとか評された。挿入歌をヒットさせ歌った新人をアイドルにまで育て上げたり、従来の演技者の枠の外に棲む人々をキャスティングしたり、生放送でドラマを放送するといった先駆者的演出が、そう言わせたのだろう。だが、今のテレビドラマに久世さんの型破りを破る演出があるだろうか。久世さんの演出は型破りだけではない。
ドラマの中には母から娘への教え、家庭教育、季節の行事、家事の仕方といった昭和の匂いを愛する久世さんならではの細やかな目配りがあった。朝食のシーンで、メニューを紹介するという企画もあり人気だった。昨晩のカレーや煮物の残りが食卓に並び、白瓜の漬物の漬け方が紹介されるなど久世さんの遊びに視聴者たちも一緒になって楽しんだ。
脚本家の筒井ともみさんは久世さんと六本のドラマを作った。今、筒井さんが語る久世さんの姿から、久世さんのドラマ作りのある一面が見えてくる。
さあ、お茶の間に全員集合!
昭和のテレビドラマの〝時間ですよ〟!

取材協力&写真提供・久世明子

かなりイカシてたぜ、久世さんって

文=筒井ともみ

演出家と向き合うゼロからの仕事

作っている方が機嫌よく遊んでいないと、見る人たちは楽しくないに違いない。(中略)私たちは運のいい時代にテレビという巨きな玩具で遊ばせてもらったのだ。
(『遊びをせんとや生まれけむ』文藝春秋)

 久世光彦さんとは六本、単発テレビドラマを作った。あまり仕事をしない私としては、いちばんたくさんの仕事をした演出家だ。

 だからといって親しかったわけではない。全然親しくなんかなかったのだ。久世さんはお酒を飲まなかったから酒席を共にしたこともないし、仕事を離れてお茶を飲んだこともない。食事は一度だけ。最初の仕事「怪談・花屋敷」を作る前に、顔合わせとしてフレンチを食べた一度きり。

「ワタシはお酒を嗜(たしな)みませんが、飲みたければどーぞ」と言われたから、「じゃあ、ワインいただきます」と応えて、白から赤までちゃんと飲んだことを覚えている。メインはビーフステーキ。私が「レアに近いミディアムレア」と注文すると、呆れた顔で「ワタシはウエルダン。よーく焼いてください。草鞋(わらじ)ぐらいよーく焼いて」と注文したので、私の方だって呆れ顔になってしまった。この日の久世さんはノーアイロンの白いシャツに白い細畝のコーデュロイパンツ、まだ花冷えの季節だというのに素足に白いズック。以来、たいていの時の久世さんは素足に白いズックだった。

芸術選奨文部大臣賞、芸術祭優秀賞などに輝いた「小石川の家」での久世さんと、幸田露伴を演じた森繁久彌。森繁さんも久世ドラマに欠かせない俳優の一人だった。

 打ち合わせは赤坂プリンスホテルの旧館にあった喫茶店「ナポレオン」。夜にはバーになるこの昭和初期の面影をのこす喫茶店は久世さんの大のお気に入りで、日差しが傾き始める夕刻から約三時間、静かな個室で久世さんと向き合った。

「さーて、どんなドラマを作ろうか。どんな俳優でやろうか」。そんなゼロから演出家と脚本家のふたりきりで作っていけるなんて、たぶん今のテレビ界ではありえないだろう。企画書を提出させられ、タレントは誰なのか、視聴率は大丈夫かなどチェックされるにちがいない。でも我々はそんなことから自由だった。もしかしたら制作会社のボスでもあった久世さんには面倒なことがあったのかもしれないけど、脚本家はそんな面倒は寄せつけず面白い(と、自分たちが思う)ホンを書くことに集中させてくれた。

 木製の焦茶色のテーブルの上に白い紙が置かれる。可能性にあふれた真っ白い紙。でもすぐに中味のある打ち合わせが始まるわけではない。だらだらと与太話がつづく。早く本筋をいけばいいのに、だらだらのまわり道をつづける。

向田邦子さんの妹の和子さんが経営していた「ままや」には久世さんをはじめ多くの俳優があつまった。写真右から向田和子さん、杉浦直樹さん、小林亜星さん、久世さん。

  忙しい久世さんとゆっくり話すなんてこんな打ち合わせの時しかなかった。そしてこんな時に聞かせてもらった与太話の面白かったこと! とても紙面で発表できるものではない。だから、秘密。そんな間には紅茶や珈琲のお代わりを注文する。ついでに久世さんはケーキも注文する。一つじゃなくて、二つも三つも注文して「あなたもお食べなさいよ」と私を共犯者にしようとする。久世さんはだんだん糖尿病がよろしくなくなっていたから、甘いものは控えなくてはいけないのだ。そう注意すると、「そうなんだよねぇ、わかっているんだけどさぁ……」と子供みたいにしょんぼりしてしまう。そんな久世さんを見るたび、どうせ一生こんなもの、お甘ぐらい存分に食べさせてあげたいと思ってしまうのだ。

1 2 3 4

映画は死なず

新着記事

  • 2024.12.03
    きわどい熟年女性の性愛表現から母の優しさまでフラン...

    『山逢いのホテルで』見どころ

  • 2024.12.03
    東京ステーションギャラリー「生誕120年 宮脇綾子...

    応募〆切: 1月20日(月)

  • 2024.12.02
    橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦・三田明の青春歌謡四天王...

    松竹青春歌謡映画のヒロイン 尾崎奈々

  • 2024.12.02
    大注目のボートレーサーが集結した「2025年 BO...

    応募〆切:12月20日(金)

  • 2024.11.28
    第5回【東宝映画スタア☆パレード】酒井和歌子&内藤...

    文=高田雅彦

  • 2024.11.28
    クリスタルキングが歌唱した「大都会」の唯一無二のハ...

    クリスタルキング「大都会」

  • 2024.11.27
    第55回【萩原朔美 スマホ散歩】いまどきのカバン考...

    見事な自己表現!

  • 2024.11.25
    クリスマス・イブに手塚治虫の歴史的名作が蘇る!映画...

    応募〆切:12月15日(日)

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

  • 2024.11.20
    能登の子どもたちや被災者を、美しい音楽で励ましてく...

    被災者に勇気を与えるウイーン・フィルの活動

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!