私の生前整理 2013年1月1日号より
文=山根基世
元NHKアナウンサー
生き方をとっ散らかすことはできない
私の机の上はいつだって、とっ散らかっている。更に、一部屋はモノが溢れて物置になっているし、クローゼットの中はギュウギュウで、どこにどの洋服があるのやら。それでも60歳を過ぎ、身辺整理しようと大決心。本や洋服や食器などを一掃して、大いなる達成感を味わったことはある。しかしその満足感が続いたのは、ほんのわずかの間だけ。すぐまたモノは増殖して元の木阿弥に。
私はこの時悟った。生前整理というのは、一度思いっきり整理すればそれで終わりではないのだ。常にモノを捨て続けなければならない、つまりは、執着心を捨てるという「生き方」の問題なのだと。あれもこれも捨てられない私には、それは無理。とっ散らかしたまま、最期を迎える覚悟を決めた。
モノの整理はできないが、仕事の整理は、しなくてはならないと思っている。定年退職後も、ありがたいことに色々な仕事の依頼を頂く。フリーになったからこそできる新しいジャンルの仕事もある。初めての挑戦にはワクワクする。しかし、すべて引き受けていくと、自分のやりたいことが分からなくなり、人生がとっ散らかりそう。部屋はとっ散らかっても、生き方をとっ散らかしてはならない。ここはジックリ考えて仕事を絞り込んでいくことが大事ではなかろうか。
残された時間に向かい合う、私にできること
私は定年後、「子どものことばを育てる活動」を続けている。教育の現場など各地を歩いて5年経った今、痛切に感じているのは、「地域社会を再生させなければ子どものことばは育たない」ということだ。かつて「地域」が機能していた頃には、冠婚葬祭ことあるごとに異年齢の人々が一堂に会し、多様なことばが交わされていた。子どもは、周囲の大人のことばを聞くことによって、ことばを獲得し、人間の振る舞い方を学んだ。しかし今、家庭は核家族。学校の先生は忙しすぎる。地域社会は崩壊し、子どもたちが親と先生以外の大人のことばを聞く機会はほとんどない。だから、子どものことばを育てるために、幼い子どもからお年寄りまでが「ことば」によって繋がりあえるような、新しい「場」を全国津々浦々に作っていく、というのが今の私の夢なのである。
そういう夢を見ながら、願いは遅々として進まず徒らに日が過ぎた。だが私は諦めない。あと20年かければ、この思いに何とか道筋をつけることぐらいはできるに違いない。あと20年は生きようと思う。そう考えると、20年はあっという間だ。無駄なことをしている時間はない。この夢に繋がるものだけを厳選し、仕事を整理していかなければ。しかし、これまでの経験でも、チャンスだと思った仕事に落とし穴があったり、無駄だと思った仕事が後で大きな実りをもたらしてくれたりした。何が無駄で何が役立つ仕事なのか、その見極めはとても難しい。結局成り行きに任せ、夢の途上で逝ってしまうのか。「それでいいのだ!」とも思うのだ。
やまね もとよ
1948年、山口県生まれ。早稲田大学文学部卒。同年、NHK入局。主婦や働く女性を対象とした番組、美術番組、旅番組、ニュース、「ラジオ深夜便」、NHKスペシャル「人体」「映像の世紀」等、大型シリーズのナレーション多数を担当。2005年、女性として初のアナウンス室長。2007年、NHK退職。有限責任事業組合「ことばの杜」代表。2000年・放送文化基金賞、2009年・徳川夢声市民賞受賞。東京大学客員准教授、女子美術大学講師等歴任。「ことばで『私』を育てる」他、著書多数。