21.09.28 update

父、母を看取って

私の生前整理 2019年10月1日号より


文=久田 恵
ノンフィクション作家

見事なまでに
〝整理〟して逝った母

 私は二十歳の時に「素手で自分の人生を切り拓く」と勇ましい書き置きを残して家を飛び出した娘だった。
 その私が、やっと物書きとしての自立の道が見えたかなあ、という時だった。突然、母が脳血栓で倒れ、介護生活に突入。
 その時、私、三十九歳。しかも幼い息子を抱えたシングルマザー。「もう、たいがいにしたら?」と母に誘われ、十八年ぶりに実家に舞い戻ってわずか一年後の事だった。
 かくして、落ち着くことのなかった私の放浪人生は、この母の介護をきっかけに激変した。押しピンで留められたみたいに「家」にとどめられ、身動きのできない事態となった。
 その「お出掛け不自由」な時代がなんと二十年。実家に居候状態のまま、物書き業を続け、子育てを終え、母を看取り、父を看取り、気が付いたら自分が老年期の入り口にさしかかっていた。
 そんな私なので、「生前整理」の事を考える間もなく過ごしてきた。
 けれど、あらためて思えば、放浪の末に実家に身一つで居候したため、家も家具も食器も衣服もすべてが両親のもの。整理すべき自分のものがほぼない。しかも、私の両親は自分の不要なもの、遺したくないものは整理し切って逝った人たちで、その見事なすっきり具合に遺された娘の私は、寂しさのあまりに、「なんてことだ!」と涙に暮れてしまったくらいなのだ。
 そう言えば、六十代で倒れ半身不随と失語症となった母は、車椅子の不自由な身で、いつも大きなビニール袋にいろんなものを次々と放り込んで片づけていた。

遺すべきもの、
捨てざるもの

 十二年後に彼女が逝ってしまった後の納戸には、子どもたちの写真が数葉ずつと思い出の品をいくつか収めた塗りの箱が残されていた。そして、もうひとつ、歌詠みだった彼女の短歌作品の生原稿の束が「これが、私の人生のすべてよ」と言うように紙袋に入って置かれてあったのだった。
 私は、その遺志を汲み、母の歌集を出版し、それを傍らに置いて今も母を偲んでいる。
 そして、九十二歳で人生を全うした父の方は、若い頃の日記帳と整理し切った財産目録と子どもたちへの遺言文をきっちり残して逝った。私は生前の父から何度も貸金庫で暗証番号を使って彼の遺す書類を取り出す練習までさせられていたのだった。
 そんな両親に倣うべきなのか、との迷いもあり、遺される息子に希望を聞いてみた。すると、彼が言うには、衣装箱に放り込んだままの写真の整理は不要、本や資料も捨てないでいい、遺すべきものは自分で選ぶ、と。
 確かに親の遺したものは、それを受け継ぐものの記憶をも内包している。遺品の整理は、実は遺されたものが「親の人生の謎」に触れ、新たな理解を時間をかけて深めていくかけがえのないよすがでもあるのだ。そんなわけで、「生前整理」はほどほどに。私は、「死んだあとは、好きにして」のおまかせ方針で、七十歳を機にさっさと地方のサ高住の十四坪の小さな木の家に一人住んでいる。 
 いわば、生前整理はほぼほぼ終了済みでいいのかなあ、との心境にある。

ひさだ めぐみ
ノンフィクション作家。1947 年生まれ。上智大学文学部を中退し、さまざまな仕事を経て、女性誌のライターに。1990 年「フイリッピーナを愛した男たち」(文藝春秋)で、第21 回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。子どもの不登校に関する親子同時ドキュメント「息子の心、親知らず」で平成9 年度文藝春秋読者賞受賞。著書に、「シクスティーズの日々」(朝日新聞社)、「100 歳時代の新しい介護哲学」(現代書館刊)など。2018 年3月栃木県那須町のサービス付きコミュニティ住宅に移住。

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