散歩は、街を一冊の本のように読むことだ。だから、スマホでの撮影は、読書感想を忘れないための、メモ書きみたいなものなのだ。この「スマホ散歩」を読んでくれた人が、それぞれの街を読書し始めたらとても嬉しい。何か楽しい風景に出会えることを願っている。
第37回 2023年5月24日
駅のホームの水飲み場で、水を飲む事がなくなった。
公園の水飲み場でも、飲まない。
子供の頃、デパートに設置されてあった水飲み場でひと息つくのがすきだった。
真夏に道路で出会った水飲み場は、ほんとうに助かった。生ぬるい水を勢いよく噴出させて、顔まで洗ってしまった。今は道路に水飲み場が少なくなった。蛇口の代わりに自動販売機がある。顔は洗えない。
水も電話と同じく携帯する。映画も配信で一人で鑑賞だ。共有する体験が少なくなる。それが都会生活。たまに山中の湧水を皆んなで飲むのは楽しい。もちろんたまにだからいいのだ。
水飲み場の、あの丸い蛇口が私は好きだった。アメ玉を頬張るように蛇口を口に入れて、ごくごく飲んではしゃいだ友達の顔も好きだった。皆んな泉下の住人になった。あっちできっと口を膨らませているに違いない。
はぎわら さくみ
エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだら何を書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の館長、金沢美術工芸大学客員教授、アーツ前橋アドバイザーを務める。 2022年に、版画、写真、アーティストブックなどほぼ全ての作品が世田谷美術館に収蔵された。