箱根で暮らした手

箱根彩彩 2019年4月1日号より


文=丘 みつ子

私を陶芸家に育ててくれた場所

 40年ほど前、箱根の雑木林の土地を切り拓いて別荘を建てました。東京からわずかな時間で全く違う自然の空気感が大好きでしたから。そのうち東京から住民票も移して生活の拠点をそっくり箱根にしたのは、陶芸のためでした。焼き物の原点は昔からの穴窯にあり、と箱根の傾斜地に作ったのです。 窯の火は上に這っていくものですから、敷地の傾斜が最適だったのです。 せっかく作ったモノを焼く前に壊さないためには、近くに窯が必要なのです。 お陰で個展もやれるほどになり、陶芸家としてのご評価もいただけるようになりました。

 箱根の日々は、今では懐かしく思い出されますが、忙しい毎日でした。陶芸ばかりではなく家の大工仕事から菜園での野菜作りと、四季を肌に感じながら動き回っていることは、とても幸せなことでした。もちろんその間も、〝本業〟の俳優業をこなして、東京と往復していたのです。

  箱根とはいえ自然は甘くないし、敷地内の管理だけでも大変になってきたのは数年前。とにかく900坪余りもあり、周囲は原生林ですから、時にはイノシシも出るし、冬は零下10 ℃以下 になることもあります。ですから、時間が経つにつれ、夫婦二人の山の中での暮らしに終止符は来るであろうと、お互いにひとりになったときのことを 思って現在の小田原に引っ越したのです。

芦ノ湖畔のロープウェーの終点「桃源台」までの道が大好きだった、と丘さん。家のあった姥子から湖畔までは毎日のように愛犬と一緒に散歩していたそうだ。


 

〝自分らしく〟 生きるということ

 
  それでも、箱根にはちょくちょく出掛けます。行けば元気になるのです。 温泉に浸かることもあり、お友達もたくさんいますし、山の中には動物たちもいます。ひっそりとした静けさの中で、虫の鳴き声が聞こえる秋口が特に好きですが、四季を通じて山の生きもの、動植物と出合えることが喜びでした。私の子供の頃、東京にも自然があり、空き地にはバッタがいたりモンシロチョウを追ったり、そんな情景が蘇ってくるのです。

  また、箱根神社の延年祭は毎年8月1日にあるのですが、可愛いお嬢ちゃんやお坊ちゃんが舞う裏手で観世流のお謡をやっています。習い始めて6年目になりますが、30 歳頃にやりたかったお謡にも熱中しています。そういえば篠笛を習っていた頃は箱根の山中でしょっちゅう吹いていました。犬と主人と笛を吹きながら散歩していたのです。

  とにかく私は箱根に住んでみて〝自分らしさ〟を発見したと信じています。 陶芸から野菜作り、山菜取り、果実酒作り、養蜂など自然と共生しながらシンプルに生きること、暮らせること、 何事にも夢中なれること、熱中できる自分がいることを教えてくれたのが箱根なのです。

実は、テレビ朝日で放送が始まる「やすらぎの刻~道」に出演しますが、 役は人形作りに凝っている元女優。藍染の衣装を着てまるで芸術家気取りなのですが、脚本の倉本聰先生は、そういうモノ作りが大好きな私をよく見ていてくれるな、と感じています。野良仕事から窯に焚く薪割りまでやってきた、指の関節がゴツゴツの私の手を見ていてくれたのです。

おか みつこ
1948年東京生まれ。68年日活から芸能界デビュー。映画、テレビ、舞台で活躍。40代後半、陶芸に本格的に打ち込むため別荘だった箱根に居を移す。一時マラソンやトライアスロンにも挑戦するなど女優業以外でも話題に。

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