箱根彩彩 2019年7月1日号より
文=水野賢世(阿弥陀寺住職)
箱根塔ノ沢の荒れた山寺の再興を背負う
~夕焼け小焼けで日が暮れて山のお寺の鐘がなる~
子供の頃より山寺の和尚さんというその姿に憧れを持っていましたが、まさかその夢が現実になる日が来るとは思いもよらないことでした。
大学を卒業間近の二月二十日、塔ノ沢駅から山道を歩くこと二十分、突然目の前が開けたかのようなその山寺(阿弥陀寺)はまさに日本昔ばなしに出てくるような世界でした。境内には紅白の梅の花が咲きその匂あたり一面に漂い、茅葺屋根と裏山に青々と繁っている竹林の景色に一時呆然と眺めておりました。
しかし二十四歳の私にとってこの寺は将来への楽しみと直面する荒れた寺の片付け、整備をしなければならないという苦しみがありました。何しろ雨が降れば本堂にバケツを十九個も必要とするほど雨漏りのひどい荒れ寺です。いったい一年間に人は何人来るのだろうか、檀家さんも二軒ほど、本当に収入のない寺だったのです。観光地箱根の中に在っても余りにも不便でしたので、来る人もなく、さてどうしたら多くの人が来てくれるのだろうか。
紫陽花を一本一本植え、 山道を拓き琵琶を弾く
まず取り組んだのは、陽の光りが余り入らない山道の木々の枝を払い、紫陽花を植えることでした。友人、知人多くの家々から(実家のある平塚市)紫陽花の株の提供があり、その株をもとにして一本一本植えて増やして行きました。おかげ様で今は〝あじさい寺〟という愛称もいただき多くの人に親しまれるようになりました。
いずれ将来、車が入る道路を通すために寺から少しずつ道造りをして行き、五年、十年、十五年と頑張っているうちに協力者もあってついに 車道が完成。国道からおよそ千メートル、山坂の道を二十四キロのプロパンガスのボンベを背負うことなく上げられるようになった時は、何と嬉しかったことか !!
箱根の山々は四季を通して美しい。桜が各山々に咲き青々と緑が繁りさまざまな小鳥が鳴いています。 すっかり山寺の和尚さんとなった私は五十八歳から琵琶を習い、六十歳より各地に演奏に出掛けるようになりました。自坊でも琵琶とお話しが流行って今では聞きに来て下さる方々に絹地で作ったきれいな巾着袋にアメを入れて差し上げています。
根づく紫陽花 尊い佛 箱根阿弥陀寺 塔ノ沢 吉住義之助作
[編注]琵琶の演奏はあらかじめ予約が必要です(2名より受付)。曲目は皇女和宮様の供養寺のため和宮物語、平家物語等。〝幸せに過ごすには〟を主題に講話がある。お申し込みは電話:0460-85-5193まで。
みずの けんせい
箱根の阿育王山阿弥陀寺第38代住職。1943年2月20日、神奈川県平塚市の大念寺の次男として生まれる。大正大学卒業後の67年、阿弥陀寺に入山。浄土宗の吉水流詠唱という宗教の舞踊と歌の指導者でもあり、書道の指導も行う。琵琶のプロ奏者として水野森水(みずの しんすい)の名で活躍。2005年、錦心流琵琶全国一水会「皆伝」を取得し10年「第47回日本琵琶楽コンクール」で優勝。