箱根で育ったお笑い精神
文=松尾 駿(チョコレートプラネット)
コモレバ 2020年1月1日号より
背中を流し合った温泉小学校の授業
吉本興業のNSC学校の11期生で、2つ年上の長田庄平さんと「チョコレートプラネット」と称してお笑いコンビ組んでもう13年、やっと皆さんに知られる存在になったかなと思ったら、長田さんは「京都府観光大使」、僕は「はこね親善大使」を命ぜられました。
箱根のホテルで調理師になった父は長崎県出身、同じホテルの事務をやっていた母は鹿児島県。九州人同士の職場結婚で僕は長男、妹ひとり。箱根駅伝の中継で映される恵明学園の近くの町営住宅で高校2年生まで過ごしました。箱根の自然の中で、山坂を駆け巡ってスポーツ大好き少年として育ったのです。出身地を聞かれると、神奈川県とは言わず、必ず「箱根町」と言い、以前から勝手に「親善大使」を名乗っていました。ですから、任命された時は本当に嬉しかった。両親や地元の友人たちも喜んでくれました。
箱根の思い出は、「箱根町立温泉小学校」が鮮明です。その校名の通り、週一回の授業に「温泉入浴」がありました。体育館の地階に浴場があり、10数人ほどが入れる湯船と洗い場があって、まるで小さな温泉宿のようでした。お風呂で集団生活のマナーを教えられ、同級生の背中を流しあう。裸になって入浴することで、心がふれあい、仲間意識がめばえ、感謝の気持ちが生まれます。陰湿ないじめなどあろうはずがありません。平成20年に3校(箱根町立箱根小学校、箱根町立温泉小学校、宮城野小学校)が統合し、「箱根町立箱根の森小学校」になり、残念ながら「温泉小学校」の名前はありませんが、卒業生には忘れられません。
箱根神社のパワーが僕らをブレイクさせた
令和元年は台風19号の影響で、箱根も少なからず被害を受けました。僕も心配でその一週間後に箱根入り。紅葉シーズンを迎える直前で、箱根がきれいに色づく僕の大好きな季節です。確かにケーブルカーなど復旧は完全ではありませんでしたが、バスも乗用車も問題なく走ることができ観光客もたくさん来ていました。一部メディアによって、被害が実態よりも過大に報じられ、風評被害を受けることが心配です。台風の日、心細くなっている地元の友人には、「親善大使の俺が何とかするから大丈夫だよ」と、そんな言葉が自然と出たことに自分でも驚きました。 後になって、「お前のお陰で安心したよ」と言われたのです。
「はこね親善大使」になって箱根に帰る頻度が高くなり、名店や施設など、箱根で育った頃には気づかなかったことに接することが増えました。あらためて箱根はいいところだなと思いますし、いつかは別荘を持つことも夢のひとつです。また、僕が音頭を取って、歌手やお笑いタレントを呼び込み、地元の人も、箱根に泊まった人たちも一緒に楽しんでもらえるような「箱根フェス」をやりたいと夢に見ています。
毎年新年は箱根神社にお参りに行きますが、行けない時は両親がお守りを送ってくれます。実は、携帯の待ち受け画面を箱根神社の九頭竜にしてから仕事が増えました。箱根の環境の中で育ったから今の僕がいると思います。「はこね親善大使」の務めを果たしながら大好きな箱根に恩返ししていきたいです。
まつお しゅん
コメディアン。1982年箱根町生まれ。2005年NSC東京校11期生入社。06年チョコレートプラネットを結成。ツッコミ担当。美容家でタレントのIKKOのものまねでブレイク。15年NHK新人お笑い大賞、18年キングオブコント3位など受賞歴多数。