21.09.29 update

日本画の名作と絶景による癒しの空間を

成川 實
成川美術館 館長


徒手空拳の美術館建設

 箱根駅伝の往路のゴール、復路のスタート地点といえばお分かりでしょうか。芦ノ湖を左手に見て箱根神社第一鳥居の手前山側にわが成川美術館はあります。門をくぐると、昇りのエスカレーターが美術館の玄関口まで運んでくれます。芦ノ湖を眼下にできる箱根のランドマークともいえる地に、1988年(昭和63)4月に開館し、お陰さまで33年を迎えました。現代日本画の素晴らしさ、魅力を広く普及させることを目的にした日本画専門の私設美術館としてスタートしたのです。

 それは、28歳の頃から蒐集をはじめた作品を、「自分だけ見ているのはもったいない、多くの人に見てもらいたい」という一心からでした。美術館を造ることは容易なことではなく、まずは場所探しから始まりました。交通の便などを考えると都心が有利ですが、仕事の延長のような感じで落ち着きません。あちこち探して最終的に軽井沢と箱根が残り、冬の観光客を比較すると箱根の方が賑やかで、年間を通して来場者が見込める箱根に絞りました。この場所は、当時三菱商事さんの所有の空地でいずれは保養所や迎賓館を立てる予定だったようですが、国立公園内で許認可が厳しく頓挫していたのです。幸いこの土地を購入することができ、美術館建設の許認可を得るために半年ほど県庁に通い、近隣の住民や旅館ホテルなどの賛同を得る説明会を繰り返しました。美術館を建てるのは大企業でもなく名もない徒手空拳の私一人ですから、当初は冷ややかで、説得に汗を流しました。

展望室から望む芦ノ湖と富士は、箱根を象徴する絶景だ。敷地3000坪、建坪500坪、芦ノ湖を見下ろす高台に建つ。

 設計は平山郁夫画伯の紹介で国技館や大平正芳邸などの設計をした今里隆さんにお引き受けいただき、施工は竹中工務店。すべて一流の皆さんが勢揃いしてくれたのです。そして発起してから約20年の歳月をかけ、芦ノ湖と箱根神社の赤い鳥居が一望できる地に現代的な和風建築の美術館の開館に漕ぎつけたのです。漆喰の壁に木材でアクセントをつけ、障子から導かれた外光が、優しくなごませてくれます。床の間風の設えがある展示室もあります。今里先生は、何よりも私のコレクションに合う、箱根の自然に溶け込んだ美術館を設計してくれました。来館者が絵を見たあと、ゆっくりと芦ノ湖の絶景も楽しみたいという要望があって、開館後10年目にロビーから右奥にティーラウンジ「季節風」(山本丘人の代表作の題にちなむ)を増設しました。さすが今里先生です。増築したことがわからないように造ってくれました。このラウンジのたもとにNHKの高精度定点カメラが置かれていますが、毎朝のニュースと天気予報の合間に箱根の様子を映し出しています。増築の5年後、ご高齢の来館者のことを考え、入り口から美術館の玄関まで3台のエスカレーターで入館できるようにしました。

無名の若き画家の熱量を見る

 成川美術館誕生のきっかけとなったのは、故・山本丘人の作品との出合いがあったからです。彼は戦後日本画の革新を目ざした「創造美術」を結成し、新しい潮流の先頭に立って日本画を牽引してきた画家です。後に文化勲章を受章される大家ですが、丘人先生の絵は、ぶっきらぼうで綺麗な絵ではないし難しいけれど、見れば見るほど惹かれ愛着が生まれます。当館のコレクションの中核になっており、約150点になります。

山本丘人《地上風韻》
第2回創画展出品作である本作は、丘人後期の、甘美で抒情性あふれる心象風景を描いた代表作品のひとつである。

 日本人は、作家の名前で絵を見てしまいがちですが、私は、絵そのものを見ます。まだ無名であっても、将来有望な画家、世にまだ知られていない気骨のある芸術家たちをいち早く発掘し、精力的に蒐集し展示してきました。平山郁夫画伯の《ガンジスの夕》という作品に出合ったのは、平山画伯がまだ藝大の講師をしている40歳のときで、私は30歳でした。一点を描くのにその周到な考えに深く感動したことを憶えています。

平山郁夫《ガンジスの夕》
平山郁夫画伯との親交は、この作品を求めてから始まった。

 功成り名を遂げた大家の過去の業績だけを追認して紹介するだけが現代美術館ではありません。美術館も画家も生きているのです。院展でも同人になる前の、熱量の高い若い画家の作品で素晴らしい作品が目に付きます。その精魂込めた作品は、後後に非常に価値が高くなっていることを私は長い間、経験してきました。当館所蔵の代表作の中には、将来重要な美術品候補が多数存在しています。それら未来の名画に込められた貴重なメッセージを可能な限り読み取り、蒐集して展示するのが、成川美術館の使命です。

 2012年(平成24)には、一般財団法人(非営利型)成川美術財団を設立しました。私設美術館として公的な補助を受けずにここまで来ることができましたが、コレクションを分散させることのないよう、未来永劫に日本画の殿堂としてあり続けるために財団を設立したのです。

 しかし、さすがに昨年からのコロナ禍で来場者が激減しています。早くコロナ禍が一掃され、多くの方に、箱根を象徴する絶景を目の前に、日本画の素晴らしさを感じて欲しいと願っています。あわせて、現代の日本画の発展を願いながら、その真価を発信しつづけていきたいと思っています。


なるかわ みのる
1940年東京生まれ。映画会社に就職後、1988年47歳で成川美術館を設立。所蔵作品は約4000点、山本丘人の150余点の作品は日本一のコレクションを誇り、さらに続くものとして、独自の表現世界を切り拓いた吉田善彦、堀文子、矢谷長治、毛利武彦、近藤弘明、関口雄揮、平山郁夫、岡信孝、牧進、平松礼二等の実力作家のまとまった作品群は、美術館コレクションとしても日本一。加山又造、杉山寧、高山辰雄、稗田一穂、土屋禮一などの名品は見応えがある。

一般財団法人成川美術財団 成川美術館  
 [住]
神奈川県足柄下郡箱根町元箱根570番  
 [問]
0460-83-6828 [HP]http://www.narukawamuseum.co.jp/

映画は死なず

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