24.05.20 update

やっぱり懐かしい!映画『男はつらいよ』の世界にひたる「葛飾柴又 寅さん記念館」

主人公の車寅次郎を演じた名優・渥美清が亡くなった翌年の1997年11月16日にオープンした「葛飾柴又 寅さん記念館」。葛飾区が松竹と山田洋次監督の協力を得て開館した。寅さんの世界だけではなく、昭和という時代を体感できる記念館でもある。旅先で寅さんの心に浮かぶ江戸川の風景も、記念館のすぐ近く。ちょっと足を延ばして河川敷に降りれば、江戸時代初期から続く渡し船「矢切の渡し」の発着場がある。

高度成長期の真っ只中にあらわれた「車寅次郎」

 映画『男はつらいよ』の第1作が公開されたのは1969年8月27日だった。ちょうど高度成長期の真っ只中で、サラリーマンは出世を夢に見ながら豊かな暮らしを目指してまっしぐらだった。そんな時代に名誉欲も物欲もなく、全財産を革のトランク一つに入れて、全国津々浦々、旅をしながらの露天商。縁日の日には巧みな啖呵売で糊口をしのぐ浮世離れした四角い面相の男が、「私 生まれも育ちも 葛飾柴又です 帝釈天で産湯をつかい 姓は車 名は寅次郎 人呼んで フーテンの寅と発します」との口上で、銀幕に登場した。

 戦前のダンディズムの象徴である「フェルト帽」を被り、窓枠格子柄のダブルの背広(寅さんは「洋ラン」と呼んでいた)、履物は常に雪駄(せった)、ダボシャツは水色、腹巻はラクダ色、首からお守りをさげていた。そして右手の薬指には紋章入りの金の指輪、いざという時換金するためだった。どこへ行くにも変わらないスタイルで肩をいからせスタスタ歩く。美人に会うとすぐ恋に落ちてしまい、一方的に思いを募らせる三枚目。そんな寅さんの一挙手一投足に観客は大いに笑い、一緒に泣いた。

『男はつらいよ』はシリーズ化され、29年間で49作が製作され約8千万人の観客を動員し、〝国民的映画〟と称されるようになった。渥美清という類まれな喜劇役者と、山田洋次監督によって「家族」「故郷」という永遠のテーマが追求された。しかし物語にいつかは終わりがある。1996年(平成8)8月に渥美清が帰らぬ人となり幕を閉じたが、翌年11月22日に『寅次郎ハイビスカスの花 特別編』が公開された。と、ほとんど同時期の1997年11月16日に『男はつらいよ』の世界にくまなく触れ、ひたることができる、正式名称「葛飾区観光文化センター内 葛飾柴又寅さん記念館」が開館したのである。

葛飾柴又寅さん記念館ⓒ松竹(株)

渥美清亡き後生まれた「寅さん記念館」

 寅さんが「寅さん記念館」の看板文字を取り付けている銅像が目に入り、館内に足を進めるとあのテーマ音楽とともに一瞬にして映画『男はつらいよ』の世界に誘われる。

 まず飛び込んでくるのは、戦後から昭和30年代にかけて、暮らしは苦しかったけれど、夢と希望があった時代、寅次郎少年が不良少年になってしまったいきさつを、さくら役の倍賞千恵子の語りと可動式のジオラマで辿ることができる。時代と寅次郎の生い立ちがよくわかるのが再現ジオラマ「柴又帝釈天参道」だ。

「くるまや」のセットは、2000年に閉鎖になった松竹大船撮影所から移設されたもの。懐かしい昭和の台所を思い出すとともに、お茶の間では撮影した数々の名場面を見ることができる。並んで「タコ社長の朝日印刷所」のセットが現れる。今でこそ、活字を並べて製版する活版印刷は絶滅危惧種になりつつあるが、ここでは本物の活版印刷機が並び、山積みの伝票などが再現されている。太宰久雄演じるタコ社長が「おーい、寅」と言って出てきそうだ。

『男はつらいよ』第一作が公開された1969年当時の駅舎セットも再現されている。当時は駅員が鋏でキップを切り、伝言板、時刻表、運賃表があった。わずか50年の間に世の中はこんなに変わったのだ。1899年(明治32)に金町と柴又帝釈天を結ぶ「帝釈人車鉄道」が開通した。これは人が客車を押してレールの上を走行する人鉄道だった。客車は定員が6名で押す係員のことを「車丁」と言った。京成電鉄が、京成高砂~柴又を明治45年に開通させ、帝釈人車鉄道は、京成電鉄に譲渡され、1913年(大正2)に柴又~金町も京成・金町線となった。運賃は当時のお金で片道5銭だった。

 寅さんと「旅」は欠かせない。鈍行列車の向かい合わせの列車内が再現され、車窓には町の風景や名場面、啖呵売が映し出される。昭和を生きた世代には、「鈍行」と言っていた時代の自身の旅の思い出もよみがえるのではないだろうか。

 寅さんのあれこれコーナーでは、撮影に使用されていた衣装やトランク、第50作『お帰り 寅さん』で使用された小道具なども展示されている。エンディングコーナーでは。歴代のポスターやマドンナが巨大なモニターに次々に映しだされる。そして、「どうだい? 今日は楽しかったかい。また柴又に来てくれよな あばよ」という寅さんの後ろ姿とメッセージが映し出される。

 ジオラマやタッチパネルでマドンナのことを知ったり、マドンナがデジタル化され映し出されたり、映像の世界の進化も体感することになる。この記念館をついぞ見ることが出来なかった渥美清ではあるが、あちらの世界からのぞいているに違いない。
 2024年は、第1作が劇場公開されてから55周年の節目の年にあたる。すべての人々の背中を“55”(ゴーゴー)と押してくれる寅さんの笑顔や言葉とともに、55周年プロジェクト「Go! Go! 寅さん」として2025年12月31日まで約2年かかりで、イベントやグッズがお目見えする。

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