若い学生の意気に触れ活力がわくキャンパス散歩
初夏の一日、上野の森を抜けて藝大音楽学部の門を入った。年十三回開かれるモーニング・コンサートは、藝大音校教職員によるオーケストラ「藝大フィル」が、選考に合格した在学生をソリストに迎えて協奏曲などを演奏する。若手楽徒がデビューする無料コンサートはファンが多く、二時間も前から整理券に並ぶそうだ。
正面にパイプオルガンを備えた立派な奏楽堂は耳の肥えていそうな聴衆で満員だ。四年須東裕基さんのソロでモーツァルト「クラリネット協奏曲」、同じく四年菅原望さんのソロでリスト「ピアノ協奏曲」が終った万雷の拍手に、指導指揮者は学生ソリストを何度もステージに呼んでいた。いずれ二人が世界にはばたく日が来るだろう。
バイオリンやチェロ、さらに三味線など楽器を手にした学生が普通に往来する学内の雰囲気が魅力的だ。木陰のベートーヴエンやショパンの頭像もしっくりとおさまり、どことなく品の良さを感じるのはクラシック音楽の学窓ゆえか。
通りをはさんだ美術学部に入ると学生は一転、タオル鉢巻き、絵具などで汚れ放題の格好になる。女学生もその姿であぐらをかいて弁当をつかう。そうだ、それでよいのだ。音校も美校も、好きな道に進んで学ぶ学生の目がきらきらと澄んでいるのがとても印象的だ。いいなあ。
初夏の緑滴るキャンパスは手狭だが、かえって学生の交遊を生んでいるようだ。創学者や名教授の像が古い歴史を物語る。購買部売店はさすがに専門画材が揃うが、逆に今でもこういう絵具を使うのかと思ったりする。アートプラザで開かれていた鋳金研究室による作品展は案外カワイイものもあってほほえましい。併設書籍コーナーの専門美術書や作品集に見入って時間を忘れる。
昼時の学食「大浦食堂」はコンサート帰りらしい一般人もまじって行列だ。私が兄に連れられて来た四十年前の大浦食堂は木造だったが、今はモダンで明るい。兄は「豆腐のバター焼」がうまいんだと教えた。その豆腐バター焼を丼ご飯にもやしと合わせてのせた「バタ丼」は、秋の藝大祭準備で忙しい学生の注文で生まれ、今や名物になったそうだ。ボリュームたっぷりでなかなかうまい。
学食の北澤悦雄さんに「工芸科にいた私の兄はラグビー部でした」と話すと名を聞き、「太田行彦さんのこと? たしか三、四年間に亡くなった」と答えられ驚いた。ラグビー部に入った兄は卒業後も部の面倒をよくみて、OB会幹事として毎年のシーズン納会をこの大浦食堂で行い、北澤さんとはツーカーの仲だったそうだ。
「そうですか、弟さんですか」そういえば似てますと言われた私は、なんだか自分も藝大生になったような気がした。
同じ志の若い学生が青春の意気に燃えて集まる大学を歩くと、こちらも若返り「ようし何かやるぞ」の気分がわいてくる。私は藝大に入れなかったが、これからも「通学」するつもりだ。
おおたかずひこ
デザイナー、エッセイスト。東京教育大学教育学部卒。資生堂宣伝部デザイナーをへて独立。世界ポスタートリエンナーレトヤマ銀賞、東京ADC賞、朝日・毎日広告賞など受賞。東北芸術工科大学教授を七年つとめる。作品集『異端の資生堂広告/太田和彦の作品』(求龍堂)。