病膏肓に入るわが古物趣味
門前仲町、富岡八幡宮の骨董市は毎週日曜( 第三日曜除く)。広い境内は伊万里など食器をはじめ、漆器、時代布、古民具、おもちゃ、時計、刀剣兜、アジア民具、観音仏像、金物、大工道具、氷配達がアラヨっと運ぶ手鉤にいたるまでありとあらゆる古物が並び、まさに「世の古物で売り物にならざるはなし」。まずは陶磁器、おっとあったあった。それは柳に飛びつく蛙を雨傘で見る小野道風の絵の染め付け皿二〇〇〇円。こればかりは即決購入。
本殿右にも露店は伸び、モダンガールのイラストが入る「ジャズ娘小唄 娘十七八ゃ」の楽譜がいい。二〇〇〇円。原節子の顔写真が三つも入る表紙の雑誌「新映画」も二〇〇〇円。
その隣の箱に目が引きつけられた。明治のころの刷りもの絵だ。〈湯島天神藝者乃すゞみ〉は高台のガス灯脇で夕涼みする芸者と旦那。〈華族女學校玄関前の圖〉は紫のはかまに革靴の上流子女がにぎやかに登校する。〈新流行の服装其二蛍狩の圖〉は愛玩の狆を抱いた娘が二人、団扇で蛍を追う子を見る夕闇がいい。
古物趣味も絵を買うようになると病膏肓だ。一枚一〇〇〇円。ウーン……今しかない、一期一会、さまざまに言い聞かせしぼりだすように「これください」と言うと、にやにや見ていた店主がにっこり。「これはいいものですよ」の声が嬉しく、小さな盃を一個おまけしてくれた。
その先の一段高い木陰は露店に最適のようだ。
「ここ、いいですね」
「そうなんだよ、鳥居ん所は工事するってんでこっちに移ったが、ここのがいいや、日陰でみんなじっくり見てくれるし」
じっくり見た分厚いアルバムは、京都舞妓や名勝を行く大原女などの白黒写真を人工着色した絵はがきコレクション。開いた間に、藁半紙に鉛筆書き女文字のメモがはさんである。
──しっとりと新芽持つ木はうるお へど肌には寒き春の雨かな
──音もなく木の間をぬうて猫の行 く春とはいえど雨のつめたし
「こ、このアルバムはいくらですか?」「五〇万円」言下に答えられて返事できず。もしこれが本になって出版されたら買うだろう。
うなだれて戻ると「太田さん」と声をかける人が。「渋谷の松濤はろうです」。神泉のなじみの居酒屋の若主人で、店で使う酒器をいつもここに買いに来るそうだ。私は今買った養老の滝の絵の徳利を見せた。
「これいいですね! まだありましたか?」
「なーいよ」
早いもの勝ちと鼻高々。彼の袋いっぱいの戦利品はいずれ店で見ることにしよう。
おおた かずひこ
グラフィックデザイナー・作家。『太田和彦の東京散歩、そして居酒屋』(河出書房新社)他。