虚無的な空気が作品全体を覆う出目昌伸監督作『俺たちの荒野』(69)は、その映像表現やカメラワーク(撮影は黒澤映画の中井朝一)から、出目がアメリカン・ニューシネマや『突然炎のごとく』、『冒険者たち』といった外国映画を意識したことは明らか。女性脚本家・重森孝子の起用も奏功した東宝青春映画異色の作品だ。
ただ、ここでの黒沢は〈いつもどおり〉の黒沢であり、むしろ(逆立ちや強姦未遂シーンで)挑発的な演技を披露した酒井和歌子の方が目立つ結果となった。「それまでの受け身の姿勢」とはがらりと変わったワコちゃんに、大きな衝撃を受けた方も多いのではないか。
本作で黒沢&酒井と三角関係になる青年・純に扮したのは東山敬司。『兄貴の恋人』(68)の一般公募で内藤洋子の恋人役に採用され、以来、東宝青春映画に出演してきた二枚目俳優だ。
共演者の赤座美代子さんに聞けば、このとき黒沢は東山を「素うどんみたいな俳優」と称したという。そのココロは「見た目は良いけど味がない」。確かに映画俳優としては長続きしなかったが、東山は本作で複雑な心の内を全身で表現、実に「良い味」を出していた。彼抜きでは、黒沢もあれほどまでに引き立つことはなかったろう(※3)。
「目一杯好き勝手に演じさせて貰った両監督には、感謝の気持ちでいっぱいです」
後年、黒沢はこう西村と出目に謝意を述べるとともに、松田優作から「その両作品に憧れ、俳優になろうと決心した」と告げられ、「くすぐったい気持ちになった」ことを明かしている。実際、優作の‶遊戯シリーズ〟(村川透監督)には、『白昼の襲撃』の影響が色濃く感じられる。
東宝時代の代表作には〝東宝ニューアクション〟の一作、『野獣都市』(70)も挙げねばならない。監督は傑作犯罪映画『血とダイヤモンド』(64)の福田純。どちらもハードボイルド映画が嘘臭くなく、日本でも通用することを証明した極めて稀な作品で、本作では黒沢のクールな持ち味が十二分に堪能できる。
この映画で、憧れの俳優、スティーブ・マックイーンに少しは近づいたようにも感じるが、あなたのお気に入りの黒沢年男はいったいどの役だろうか。よもや『伊豆の踊子』(67)の一高生ではないと思うが……。
※1 実弟の黒沢博は寺内タケシのバンド「バニーズ」で活躍、その後、ヒロシ&キーボーとして人気を博した歌手。これも黒沢年男と寺内が『エレキの若大将』で共演した縁による。
※2 黒沢を売り出したい藤本眞澄(製作者)が黒澤明に『赤ひげ』への起用を要請したものの、ある理不尽な理由で断られたという話も聞くが、これはまたの機会に。
※3東山は結局、俳優として大成せず、『社長学ABC』正続篇(70)を最後に東宝のスクリーンから姿を消す。
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高田 雅彦(たかだ まさひこ)
1955年1月、山形市生まれ。生家が東宝映画封切館の株主だったことから、幼少時より東宝作品に親しむ。黒澤映画、クレージー映画、特撮作品には特に熱中。三船敏郎と植木等、ゴジラが三大アイドルとなる。東宝撮影所が近いという理由で選んだ成城大卒業後は、成城学園に勤務。ライフワークとして、東宝を中心とした日本映画研究を続ける。現在は、成城近辺の「ロケ地巡りツアー」講師や映画講座、映画文筆を中心に活動、クレージー・ソングの再現に注力するバンドマンでもある。著書に『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『七人の侍 ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)、近著として『今だから! 植木等』(同2022年1月刊)がある。