そして69年6月1日、7枚目のシングル「雲にのりたい」がリリースされる。この歌は雑誌平凡が募集した当選歌で、作詞は大石良蔵(補作詞・なかにし礼)、作・編曲は鈴木邦彦が手がけた。いままでの黛ジュンのヒット曲とはまたタイプの異なる味わいの楽曲で、ポップスながら、なんとも切ない感情がにじみ出ている。黛ジュンにしては珍しくバラード風の歌い方をしている。ドラマ「時間ですよ」や「寺内貫太郎一家」の演出家として知られる久世光彦氏のエッセイ『マイ・ラスト・ソング』を原作とした、小泉今日子の朗読と、浜田真理子のピアノと歌で綴る舞台でも紹介されている。
その久世さん演出の86年のドラマに「花嫁人形は眠らない」というものがある。田中裕子と小泉今日子が姉妹を演じ、池部良、笠智衆、加藤治子、柄本明、小林薫が共演したホームドラマで、毎回のサブタイトルには「てるてる坊主」「叱られて」「月の砂漠」「赤い靴」「ゆりかごの歌」「花嫁人形」などの童謡の曲名がつけられ、そこに、なんとなく久世光彦というクリエイターのセンスが浮かび上がる。家族の暮らしの描かれ方、どこか生きるのが不器用な登場人物たち、タイトルバックに紹介されている挿絵画家・蕗谷虹児の絵など、〝昭和〟が香り立つドラマだった。しかも、どこか僕の親世代の昭和を感じた。そして、オープニングで流れる主題歌の聞き覚えのあるイントロ。「雲にのりたい」である。
だが、僕の知っている「雲にのりたい」ではなかった。耳になじんだ黛ジュンの曲とは別ものだった。歌っていたのは長山洋子だったのだ。86年5月に、アイドル時代の長山洋子がカバーし、レコード化していた。もしかしたら、若い世代には「雲にのりたい」は、長山洋子の曲として知られているかもしれない。いや、若い世代にはそれさえも認知されていないかもしれない。当時は、黛ジュンの歌でなかったことに不満を覚えたが、ドラマを改めて観直したときに、長山洋子の「雲にのりたい」でよかったのだと納得した。黛ジュンではインパクトが強すぎたかもしれない。
黛ジュンは3回目の紅白出場時に「雲にのりたい」を歌った。紅白には連続4回出場している。「雲にのりたい」の後も、映画化もされた「涙でいいの」、パンチのある歌唱で聴かせる「土曜の夜何かが起きる」、「自由の女神」、映画『象物語』のイメージソングである「風の大地の子守り唄」、なかにし礼の作詞が際立つ「男はみんな華になれ」など、いい楽曲がある。
最近、黛ジュンをはじめ、奥村チヨ、小川知子、中村晃子、いしだあゆみといった歌手の歌が無性に恋しくなる。いずれも、それほど夢中になって聴いていた歌手ではないが、そう〝歌謡曲〟の時代が恋しいのだ。黛ジュンの「雲にのりたい」は、ぼくをその時代へと連れて行ってくれる1曲だった。
文=渋村 徹 イラスト=山﨑杉夫