バスの車掌も、女性の職業として注目されていた

「発車オーライ!」「お降りの方はいらっしゃいませんか」昭和30年代の子供たちの間では、電車ごっこや車掌さんごっこも、人気の遊びだった。がま口を大きくしたような車掌さんが首からさげた車掌バッグ、綴りの切符や切符をきるパンチなど、子供用のおもちゃが出回った。実際の車掌さんの仕事は結構大変だった。折りたたみ扉の開閉、切符きり、バスの清掃、バス停の案内などに加え、せまい道路ではバスの誘導をするのも車掌さんの仕事だった。まだ舗装されていない土ぼこりの立つ道で「バック、オーライ!」と笛を吹く車掌さんの姿も今は、映画の中にしか存在しない風景である。

昭和の風景 昭和の町 2012年4月1日号より

バスの車掌さん

高度成長期の時代に咲いた花

文=川本三郎


ひばりも倍賞千恵子も演じたバスの車掌さん

 ワンマンバスの登場によって姿を消したが、昔はバスには必ず女性の車掌が乗っていて乗客をなごませてくれたものだった。

 正木鞆彦(まさきともひこ)『バス車掌の時代』(現代書館、92年)によれば、バスの女子車掌がいちばん多かった時代は昭和三十年から四十年にかけての約十年間、高度経済成長の時代で、その就労者数は約八万人だったという。

 そのためだろう、昭和三十年代の映画には実によくバスの車掌が登場する。人気女優たちが競うように紺の制服に小粋な帽子をかぶった働く女性を演じている。

 昭和三十年公開の『歌え! 青春はりきり娘』(杉江敏男監督)では、当時十八歳の美空ひばりが、東京駅・八重洲口ー経堂間の小田急バスの車掌を演じている。

 まだ見習いで失敗ばかりしているが、暇を見ては「次は三軒茶屋」「次は太子堂」とバス停を覚えるのは感心。寝言で「発車オーライ」といったりするのが可愛い。

 バスには毎日、たくさんの若者たちが乗ってくるから恋の花も咲く。美空ひばりは毎日乗ってくる大学生の久保明のことが気になって仕方がないが、名前がわからない。バスの車掌のほうは名札が運転席のところに掛かっているのですぐに相手にわかるのだが。

 それで、最後、大学を卒業してサラリーマンになった久保明が「ぼくは、こういうものです」と名刺を渡す。それで美空ひばりもにっこり。やっと二人の恋も始まる。昔の若者たちは純情だった。

 昭和三十四年公開の青春映画『こだまは読んでいる』(本多猪四郎監督)では、雪村いづみが甲州のローカルバスの車掌。

 この路線バスは町と山の村を結んでいる。そのために車掌の雪村いづみはよく村人から町での買い物を頼まれる。バスが町に着くと村人にかわって生活必需品を買物し、それを帰りに届ける。宅配便の役割を果たしている。

 村の若い妊婦が急に産気づいた時には、バスが救急車になる。運転手の池部良と車掌の雪村いづみが、嵐の夜に息の合ったところを見せ、妊婦を無事に町の病院に運ぶ。そのあと二人はめでたく結ばれる。

 田宮虎彦原作、五所平之助監督の昭和三十六年の作品『雲がちぎれる時』では倍賞千恵子が、高知県の中村―土佐清水を走る路線バスの車掌。運転手の佐田啓二を慕っていて、仕事が終わって営業所に帰ってきた佐田啓二が水道の水でジャブジャブ顔を洗っているのを見るとそっとハンカチを差し出す。可愛い。

 昭和三十九年公開の青春映画『仲間たち』(柳瀬観監督)では、松原智恵子が川崎の臨界工業地帯を走るバスの車掌。

 トラックの運転手をしている浜田光夫が彼女のことを好きになり、休日にネクタイ姿でめかしこみ、彼女のバスに乗り込む。そして一日中、そのバスに乗っていったりきたり。彼女の顔を見ているだけでも幸せになる。

 昭和三十年代の映画には本当にバスの車掌がよく登場する。それだけ女性の仕事として注目されていたのだろう。

昭和40年当時の下津井電鉄の路線バス。小さな子供連れの乗客には車掌さんが乗り降りを手伝ったりしていた。また、子供が一人で乗るときには母親が車掌さんに、どこそこで降ろしてくださいと、あらかじめお願いをする風景もよくみられた。写真提供:下津井電鉄歴史資料館

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