23.06.09 update

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

~生誕100年の邂逅に寄せて~

「放浪の天才画家」の異名を持つ山下清は、1922年(大正11)浅草に生まれた。2022年は生誕100年にあたり、昨年から各地で回顧展が開催されている(東京ではSOMPO美術館で6月24日から)。かつて一大ブームを起こした天才画家を巡り、「裸の大将」や「裸の大将放浪記」など映画やテレビドラマのモデルとして偶像化されたが、ほんとうの山下清はどんな人物だったのだろうか。
個人美術館を訪ねることも多く美術への造詣が深い文筆家の大竹昭子さんが久々に山下清の作品を観賞し、あらためて「画家・山下清」の魅力を語った。縛られず飾らず、自由に生き、まったくの独学で生まれた「山下清の世界」は、混沌とする今こそ、すがすがしい世界への誘いなのかも知れない。

▲練馬の自宅アトリエで「貼絵」制作中の山下清(1922~1971)

写真提供:山下清作品管理事務所
© Kiyoshi Yamashita / STEPeast 2023

「放浪の虫」の因って来たるところ

文=大竹 昭子

 山下清というと即座に「放浪の画家」というキャッチフレーズが浮かんでくる。十八歳から三十代半ばくらいまで放浪に明け暮れ、全国をおおむね徒歩で旅してまわった。四十九歳で逝去しているから、長生きするという意味での頑強さはなかったかもしれないが、我慢ならないものから自由になろうとする気持ちは確固としていた。その最たる例が放浪癖だった。

 子どものころは反抗的で、ナイフを振りまわして刃傷沙汰に及ぶこともあったというのに驚く。写真から受ける印象は穏やかで荒れた姿は想像つかないが、それは絵をはじめてから備わったものであり、それ以前は人にバカにされたり、侮辱されると、過激な行動に走らずにはいられないほど内に熱を秘めていた。手を焼いた母は、彼が十二歳のときに千葉の八幡学園という養護施設に入れる。そこからだった、彼が変わっていったのは。

▲《蝶々》1934(昭和9)年 貼絵 12×17cm 山下清作品管理事務所蔵© Kiyoshi Yamashita / STEPeast 2023
小学校時代、吃音などからいじめにあった清の唯一の友だちは昆虫だった。初期の作品は、「はえ」「ホタル」「とんぼ」など昆虫ばかりが題材だった。

 図工の授業で「ちぎり絵細工」に出会い、自分では制御できない力を放出する方法を会得した。絵にむかっているときは、周囲は目に入らず、負のエネルギーをポジティブに転じることができたのだ。

 清の絵が世間の知るところとなったのは、知的障害児の心理を研究していた早稲田大学の先生が彼の絵に着目し、大学で展覧会を開催したのがきっかけである。この展示が大評判となり、美術雑誌にいまでいうアウトサイダーアートの特集が載ったのだが、そのときに作品の選定にあたったのが、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった画家の安井曾太郎だった。安井はカラー図版のほとんどを清の絵にしてしまうほど彼に入れ込み、その絶賛ぶりに清は十七歳にして「ときの人」となってしまう。銀座の画廊で行われた展覧会には、たったの五日間に二万人が押し寄せたというのだから、その騒動ぶりがわかる。

 この翌年から清の長い放浪がはじまるのである。世間から注目されたことと無関係とは思われない。突然の変化に困惑しただろうし、うっとうしくも感じたのではないだろうか。八幡学園をふらりと抜けだしては思いつくまま旅をした。さまざまな職業を転々とし、物ごいをしたり、野宿をしたり、ときには警官に咎められ、盗みを疑われ……と決して楽な旅ではなかったが、気持ちの収まりがつくまで全国をさまよい、ふらっと帰ってくるというのを繰り返したのである。

▲《ともだち》 1938(昭和13)年 貼絵 24×33cm 山下清作品管理事務所蔵© Kiyoshi Yamashita / STEPeast 2023
八幡学園に入園し「ちぎり絵」と出合った清は、周囲にも心を開くようになり、作品にも友だちが登場するようになる。この作品には、色紙代わりに古い切手を使っているが、独自の工夫で作品がつくられていった。

 映画「裸の大将」には旅先で絵を描くシーンがでてくるが、これはフィクションで、放浪中は制作しなかった。施設に帰ってから、恐るべき記憶力を動員して旅で見たものを描いたのである。長いこと旅空にあっても、絵の腕は鈍るどころか、色彩はいちだんと鮮やかになり、技術的にも緻密になっていった。

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映画は死なず

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