17.12.24 update

鶴巻温泉 元湯 陣屋

 三井財閥の別荘〈平塚園〉として始まった〈陣屋〉の歴史。2018年 は創業百年ということになる。和田義盛公別邸跡に立つ純和風旅館で、 森とも形容できるような一万坪の庭園の中に20の客室が点在する。鶴巻温泉に旅館3軒あるが、源泉があるのはここだけだ。小田急線や東急田園都市線沿線住人の客が多いが、 関東近郊の客にも人気の宿である。

 客の到着は入口の陣太鼓が打たれ、知らされる。両脇の庭の佇まいをながめながら、散歩道を上ると玄関に到着。このアプローチが、さしずめ日常から非日常への渡り廊下であろうか。入口からすぐの右手に〈トトロの楠〉というのが植えられているが、そう、宮崎駿監督は親戚にあたるそうだ。「都心からこんなに 近いところに、しかも駅からすぐのところにこんなすごい旅館があるなんて。ここだと、平日でも仕事を済ませて電車に乗り込み気軽な日常使いで来ることができますね」というジョーさんの言葉通り、それを実践している一仕事終えて一人で訪れるい客も増えているそうだ。

 玄関では四代目女将の宮﨑知子さんが出迎えてくださった。大正の終わりころから旅館としての営業が始まっているが、〈陣屋〉として生ま れ変わったのは昭和になってからだそうだ。館内には代々のご当主が蒐集してきた古美術品や、毛利元就や宮本武蔵ゆかりの武具、上杉謙信の十字の槍なども展示されていて、陣屋百年の歴史の重みを感じさせる。

四代目女将の宮﨑知子さんと。

 また、この宿は、将棋や囲碁の名勝負の舞台としても知られる。対局の場である貴賓室〈松風の間〉は、 明治天皇をお泊めするため黒田藩が大磯に建てたものを移築した総檜露天風呂と贅沢な3間続きの部屋で、欄間には桐や菊の雅な意匠が施され 殿様気分を存分に味わえる。行われたタイトル戦は三百以上で、平成23年の第52期王位戦では羽生善治が王位を獲得し、大山康晴15世名人の不 滅の大記録通算80勝に並ぶという歴史的ドラマがこの部屋で誕生した。 「館内を探訪するだけでも、ある歴史の瞬間に立ち会っているようで、楽しいですね」とジョーさん。

「春は桜、夏には蛍、秋は紅葉なんて、この庭では四季ぞれどれの情感を実感できるんでしょうね。夜の深い緑のしじまに灯される篝火なんてまさに、まさに陣屋の名にぴったりの風景」と庭園をゆっくりと散策したジョーさん。

 平成26年から陣屋の総料理長を務める藤本厚さんに作っていただくのは〈花会席〉のコース。
 前菜は百合根団子、柿に見立てた サーモン&チーズ、鶏の松風など。 やはり酒が欲しくなってくる。薦めていただいたのは、地元秦野の酒〈初陣の誉〉。「さっぱりとした口当たりで、料理にも合いますね」と、ジョーさんはなかなかいける口。お造りは、ホタテと鮪に鯛の昆布〆、八寸は、かます一夜干し、石川芋、海老の湯葉揚げなど。そして里芋と伏見とうがらしのご飯。「土鍋の蓋を開けるとまず香りがひろがります。味つけはさっぱりと上品。すべての料理の食材がよくて新鮮で繊細な味わい。 和食党の僕にとっては、まさにあっぱれと言いたくなるような、和の極みという料理です」と。

 

さらに〈陣屋カレー〉を作っていただいた。元々は賄い料理だったのが対局のときにふるまわれ評判となり、いまや陣屋名物となっている。会席料理と同じ食材を使用する手間暇かけたカレー で、宿泊客のルームサービスとして のみ食べることができる逸品だ。この日は、大きな肉の塊が豊富に入ったビーフカレーだった。
鶴巻温泉は丹沢山塊の地下深くから湧き出る湯で、イオンをたっぷり含み、神経痛、外傷、胃腸病などに効果があるとして、明治時代から多くの人々に親しまれている。

1泊2食付の宿泊料金(1室2名利用の1名料金)は、露天風呂付客室、檜内風呂付客室、スタンダード客室の特選会席プラン35,000円~(離れ貴賓室、貴賓室は60,000円~)、逸品会席プラン39,000円~(64,000円~)、貴賓会席プラン48,000円~(73,000円~)、夢浮橋会席プラン58,000円~(83,000円~)で、宿泊人数や 日にちにより料金が異なる。日帰り入浴はワンドリンク付で2,400円(11:30~15:00、最終受付14:00)、レストランの利用時間は昼11:30~ 14:00L.O.、夜18:00~20:00L.O.で、旬彩御膳4,000円、季節御膳5,000円、花会席6,000 円、桐会席8,000円、特選会席12,000円、逸品 会席16,000円、貴賓会席25,000円、夢浮橋会席 35,000円。表示の価格はすべて税別。

〔住〕秦野市鶴巻北2-8-24 〔問〕0463-77-1300 〔営〕チェックイン15:30、チェックアウト11:00  〔休〕火・水曜

映画は死なず

新着記事

  • 2024.10.30
    第4回 森繁久彌(後編)☆ 小津安二郎への反抗

    文=高田雅彦

  • 2024.10.30
    ミニシアターブームを代表する名作『バグダッド・カフ...

    11月29日(金)試写会

  • 2024.10.29
    世界遺産「パリ・ノートルダム大聖堂」の一般公開が1...

    文化財保護を訴求する世界巡回展が日本科学未来館で開催

  • 2024.10.29
    映画『十一人の賊軍』―名もなき罪人たちはなぜ命を賭...

    山田孝之 仲野大賀ダブル主演、監督:白石和彌

  • 2024.10.28
    あぁ!二宮金次郎

    学校を追われたのか…

  • 2024.10.25
    メトロポリタン・オペラの最新ステージを映画館で。《...

    21館の映画館でメトロポリタン・オペラの最新ステージを。

  • 2024.10.25
    国宝《金沢本万葉集》や、東京大正博覧会で出品以来1...

    三の丸尚蔵館の秋の展覧会は、「公家の書と皇室の美術振興」

  • 2024.10.24
    2025年4月で閉館する俳優座劇場での劇団俳優座最...

    女優・岩崎加根子がシェイクスピアの『リア王』を92歳で演じる

  • 2024.10.24
    奥山由之監督の想いに共感した広瀬すず、仲野大賀、神...

    オムニバス長編映画『アット・ザ・ベンチ』SNSで上映館も拡大

  • 2024.10.24
    屈指の高級住宅街「成城」の歩み100年がわかる世田...

    日本屈指の高級住宅街「成城」の100年を世田谷区立郷土資料館で。

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!