橋本治(1948―2019)といえば、1968年11月、東大紛争のまっただ中に開催された学園祭(第19回駒場祭)のポスターをご記憶の向きが多いだろう。任侠映画もどきのイラストが描かれ、「とめてくれるなおっかさん 背中のいちょうが 泣いている 男 東大どこへ行く」と見事なキャッチコピーを打っている。東大在学中イラストレーターとして才能を発揮していた橋本の名が一躍知れ渡る契機となった。原画は県立神奈川近代文学館に〈橋本治文庫〉として保存されているが、このほか同文庫にはご家族ほか各方面から寄贈された直筆原稿をはじめとする資料なども所蔵されている。
1977年の小説『桃尻娘』(第29回「小説現代」新人賞佳作)を振り出しに、小説家文筆業に転じる。恋愛や性、家族、時代を論じ、舞台やイベントを演出することもあった。その該博な知識と独特の文体を駆使して評論家・随筆家としても活躍する一方、古典文学をひもとき現代語訳や二次創作にも取り組むなど八面六臂の活躍をした。また、編み物にも才能を発揮し、製図を作ってから精密に編み込まれたセーターなどが話題を呼び、編み物の本まで出版するに至っている。どんな分野にもひるまず分け入って、「わからない」ことを追求したいという思いが、膨大な著作となって我々に大きな〝恵み〟をもたらしてきた橋本治。
本展は、人間と人間の生きてきた時代を描き出そうとした、天才的な「知」のマルチ人間「橋本治とは何だったのか」―を所蔵資料を中心に改めて解明しようと試みている。高校生の日常を描いた『桃尻娘』の最終章は、本展会場のある〈港の見える丘公園〉で、未来への希望を示唆して締めくくられている。昭和から平成の時代とともに70年でその生涯を終えた橋本治が令和6年春、(横浜に)帰って来た、という次第である。
「帰って来た橋本治展」は、県立神奈川近代文学館にて、3月30日(土)~6月2日(日)開催。