『湘南幻想美術館 湘南の名画から紡ぐストーリー』として第一弾が刊行されたのは2019年。
── 世界の名画のささやく声は、その絵を最も愛する治子さんの耳だけに聞こえる。治子さんはその声を気前よく私たちに語ってくれる。さぁ、聞かなくては!!──
とは、今は亡き瀬戸内寂聴さんが、刊行に寄せた言葉である。その第二弾ともいえる本書もまた、国内外の名画と著者の太田治子がその絵画にインスピレーションを得て紡いだストーリーを同時に味わえる、オールカラーの贅沢な一冊だ。
著者・太田治子の母・静子さんは絵が好きで、『泰西名画集』を大切にしていた。画集をみながら静子さんは「パリに行きたい」と呟き語りかけることもあったが、著者も小さい頃から、働く母を待ちながら『泰西名画集』に親しんでいた。絵の中の人や動物、花や生き物に話しかけるような少女だった著者は、大人になっても、大好きな絵の前に立つと、絵のことをもっと知りたい、絵を描いた画家の人生にふれたいと、身構えることもなく自然と絵の中に入り、ときに空想を膨らませていった。
『幻想美術館 名画が紡ぐストーリー』では、50の絵から、50の物語が紡がれている。たとえば、表紙の愛らしい白クマの絵は、日本画家の山口蓬春が1953年に描いた「望郷 小下絵」である。蓬春の代表作の一つで、「本画」に加え、「小下絵」「小下図」と3作があり、明るく近代的な構図のこの絵をみていると、不快な猛暑も忘れ涼やかな気持ちになってくる。
しかし著者は、この「望郷」の絵から、10歳の息子太郎と暮らすシングルマザー頼子のふとした一日を物語にする。白クマのように大きく優しかった夫は、太郎が子供の頃に交通事故で亡くなっていたのだった。市役所に勤める頼子は昨夜の飲み会で、後輩の男性から告白されていた。太郎は敏感に母の変化に気づいたのか、窓辺につるされた鳥籠の中の文鳥を見る横顔が悲しそうに頼子には見えた。さて、著者は太郎と頼子の一日をどう締めくくったのでしょう。このエッセイのタイトルは、「白クマの息子」。
松本峻介の「立てる像」から、「不思議な少年」の物語ができ、鈴木信太郎の「白い服と黒い服の人形」から、「おばあさま」の物語、佐伯祐三の「モランの風景」から「赤い屋根」の物語など50の物語ができあがった。それぞれの絵に対峙した著者の目は優しく明るい。絵画から生まれたもうひとつの世界へお招きしましょう。
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