箱根彩彩 2017年7月1日号より
文=遠藤 桂
箱根に流れる時間
湖面に光がはしり、富士からの鼓動を感じるとてもデリケートな時間。静かに対峙し、ゆっくりとFilmに記憶してゆく。月が射す夜、微弱な光を1枚のFilmの中に定着させてゆく。――私にとっての箱根は、写真家として見る箱根。
最も魅力的な場所は、「芦ノ湖、 箱根神社、富士山」が望める元箱根湖畔と、地球のエネルギーを感じる大観山でしょう。山の中の隠れた住処で、大型カメラの8×10 と、 HASSELBLADと共に過ごします。
箱根からの富士山はちょうど良い距離感があり、芦ノ湖や箱根外輪山ごしの気象の変化が写真表現に適しています。外気温と芦ノ湖の温度差により霧が出たり、日の出から日没までの様々な光の変化が堪能できます。特に月が射す夜、言葉では語りつくせないほどの美しさを見せ、湖面はキラキラと輝き、富士の頂には雪が舞い、月の光で淡い色の変化をもたらします。箱根の山中では、四季折々の優しい自然が強過ぎないグラデーションで、箱根と富士山との対比を楽しませてくれます。
箱根に流れる時間は、とてもゆったりしています。山の上に登ってくると感じることができる豊かな時間、雲の流れ、風の音、肌で感じる湿度、すべてを感じ、独自の感覚表現「光のフィンガーペンティング」で時と光と色彩の変化を一枚の写真に表現してゆきます。
繭の中の静寂
2004年 4 月、強羅に箱根写真美術館を開館させました。私が25年以上撮り続ける富士山の写真を常設展示し、日本のオリジナルを海外の方々に写真でご覧いただくことが主目的です。コレクションとしては、 山田應水「箱根の風趣」、遠藤貫一「箱根の観光」、遠藤桂「富士山」「箱根の風趣」「日本の風趣」を所蔵しています。
建築には隠されたコンセプトが仕組まれています。
フランスの小説家、アンドレ・ピ エール・ド・マンディアルグの「幾 何学とエロス」。この両義的世界をアート作品に仕立てたローランド・ ペンローズ「キャプテン・クックの最後の航海」を空間に表現するという試みです。
展示室は卵形楕円の空間になっており、ルーチョ・フォンタナの作品 「空間概念 神の終焉」 の模写、天井の明り障子にはブラフマの黄金の卵の図像が浮遊します。小さい覗き穴から見える明星ヶ岳も、大文字から股木に隠された連想ゲーム。マルセル・デュシャンの遺作「1 落ちる水、 2 照明用ガス、が与えられたとせよ」さらにはジャン・コクトー、ハンス・ベルメールらの遠近感が喪失した繭の中の宙吊りの世界を連想させます。
かつて暗室だった小部屋に生まれたカフェ「 plaisir de l’œuf 」は、心を穏やかに五感の回帰を誘う空間になっています。森に浮かぶ小美術館への旅、お待ちしております。
えんどう かつら
1958年箱根町出身。東京写真短期大学を卒業後、1979年-80年ヒマラヤ・アイランドピーク冬季遠征登山・撮影、帰国後初個展。広告写真家トシ・ワカバヤシ氏に師事、1991 年独立。2002年箱根写真美術館設立、現館長。写真家として数々の撮影プロジェクトに参加、国内外の個展で作品を発表。