21.02.26 update

チェーン店のコーヒー屋ばかりになって、大人の喫茶店が懐かしい

チェーン展開のセルフカフェスタイルの店が主流となり、喫茶店がひところよりずいぶんと少なくなった。
以前は必ずといっていいほど登場していたテレビドラマからもその姿が消えつつある。
学生街の喫茶店は、講義をさぼってお喋りしたり、文庫本を読んだりと、いつも学生たちのたまり場だった。
それぞれに行きつけの喫茶店があって、一日一回は必ず顔を出したものだ。
オフィス街の喫茶店では、仕事の打ち合わせをしたり、息抜きをするサラリーマンや仕事帰りにデートの待ち合わせをしているカップルの姿が見受けられ、商店街の喫茶店は、近所の店の主人たちが毎日のように集まり町内の寄り合いになっていた。
そんな風景も今は懐かしいものになった。昭和は喫茶店が輝いていた時代としても語られる。


喫茶店

お茶でも飲みましょう

文=川本三郎

昭和の風景 昭和の町 2012年7月1日号より


 喫茶店は町の応接間

 町の小さな喫茶店が輝いていた時代があった。

 恋人たちの待合せ、学生たちのお喋り、会社員の息抜き、あるいは仕事の打合せ。

 広い家に住むことが難しい都市生活者にとっては、喫茶店は客間や居間、書斎の役割をはたし、そこから西洋のカフェとはまた少し違った独特の喫茶店文化が生まれていった。

 小津安二郎監督の『麦秋』(51年)では、丸の内のオフィスでタイピストとして働く原節子がよく喫茶店を利用している。

 友人の結婚式に出た帰り、友人の淡島千景らと銀座あたりの喫茶店に入り、結婚談議に花を咲かせる。若い女性たちにとって喫茶店は町の応接間になっている。

 また別の場面では、原節子は戦争で死んだ兄の親友の二本柳寛と、御茶の水のニコライ堂が見える喫茶店に入る。コーヒーを飲みながら、二本柳寛は「お兄さんとここによく来た、店は昔と少しも変っていない」と学生時代の思い出を語る。戦前、学生たちにとってすでに喫茶店がたまり場だったことが分かる。まさに学生街の喫茶店。

昭和27創業で現在も続く池袋東口にある喫茶店「耕路」。昭和27年の池袋は、駅前から銀座の数寄屋橋まで路面電車が走り、コーヒー一杯は25円だった。写真は昭和32年のころの店内の様子。(写真提供:耕路)

流行歌に歌われ映画に描かれた恋人たちの喫茶店

 昭和四年(1929)に大ヒットした歌「東京行進曲」(西條八十作詞、中山晋平作曲)の四番は、新宿を歌って「シネマ見ましょか。お茶のみましょか」とある。新宿の映画館で映画を見ようか、それとも喫茶店に入ろうか、恋人たちが話し合っている。昭和のはじめにもう東京の町に喫茶店が溶け込んでいる。

 大正三年(1914)銀座生まれの国文学者、池田弥三郎の回想記『わが町銀座』(サンケイ出版、78年)によると「お茶でものみましょう」は、昭和初年くらいから流行った言葉で、「ちょっと喫茶店に入って休んで行こうか」といった意味で使われたという。

 喫茶店のはじまりは諸説あるが一般には、明治四十四年(1911)に銀座に出来た、カフェープランタンとカフェーパウリスタが最初といわれている。

 当時は作家や画家たちの行くところだったが、関東大震災後、東京がモダン都市として再生してゆくなかで、都市生活者には欠かせない場所になっていった。

『東京百年史』(東京都、ぎょうせい)によると、「東京行進曲」がヒットした昭和四年の東京市内の喫茶店の数は千五百余軒。それが毎年のように増え続け、太平洋戦争が始まったあとの昭和十七年には三千五百余軒と戦前の最高を記録する。

 昭和十年には「小さな喫茶店」(瀬沼喜久雄作詞、F・レイモンド作曲)という、恋人たちが喫茶店に入る姿を歌った歌がヒットする。〽お茶とお菓子を前にしてひとことも喋らぬ……とういういしい恋人たち。二人きりでしゃれた喫茶店に入るのは恋人たちにとって相当の勇気がいったようだ。

 それでも昭和十一年に藤山一郎が歌ってヒットした「東京ラプソディー」(門田ゆたか作詞、古賀政男作曲)の恋人たちになると、もう銀座の喫茶店を使いこなしている。

 〽花咲き 花散る宵も 銀座の柳の下で 待つは君ひとり 君ひとり 逢えば行く喫茶店(ティールーム)……と恋人たちはいつも喫茶店を利用していることが分かる。

1 2 3

映画は死なず

新着記事

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

  • 2024.11.20
    能登の子どもたちや被災者を、美しい音楽で励ましてく...

    被災者に勇気を与えるウイーン・フィルの活動

  • 2024.11.20
    指揮・坂本龍一✕東京フィルハーモニー交響楽団による...

    坂本龍一の伝説のコンサートを映画館で!

  • 2024.11.19
    ベートーヴェン「第九」初演から200周年の記念すべ...

    12月31日特別先行上映、1月3日から1週間限定公開!

  • 2024.11.19
    敷寝具から枕まで世界最大級の熟睡ブランド、〈マニフ...

    特別モデル【エコ サンドロ】限定3000台の予約開始!

  • 2024.11.18
    公募展の発祥地〈東京都美術館〉のテーマは「ノスタル...

    芸術活動を活性化させ、鑑賞の体験を深める

  • 2024.11.18
    女優「高峰秀子」と妻「松山秀子」─日本映画史に燦然...

    高峰秀子という生き方

  • 2024.11.15
    本格イタリアンをご家庭で、日清製粉ウェルナの「青の...

    応募〆切: 12月20日(金)

  • 2024.11.15
    京都のグンゼ博物苑で、昭和の激動時代の魅力を伝える...

    グンゼの創業の地で、「昭和レトロ展」

  • 2024.11.14
    「嵐」と並ぶシングル58曲連続トップテン入りを果た...

    THE ARFEE「メリーアン」

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!