取材・文=二見屋良樹
2009年9月25日号 INTERVIEW MY LIFE, MY STORYより
本来、演じるということが、
見事なつくりものであるべきだとしたら
そこに女優・浅丘ルリ子の顔が浮かぶ。
浅丘さんは半世紀以上にわたり
銀幕や舞台で折々の時分の花を咲かせ
いつも新しい顔でわれわれの前に現れる。
女優・浅丘ルリ子は偉大なるフィクション世界の住人である。
半世紀を経て揺るがぬ女優スタイル
大スターと呼ばれる人たちには、その領域に他人が入りこむことを拒むような近寄りがたさがあり、気軽に声をかけることもはばかられるような、われわれの手の届かない世界に住む人というイメージがある。近寄りがたさ、それはその人物が大スターであることの証であり、日常的なテレビの世界に生きているタレントと呼ばれる芸能人が主流の今の時代には、稀少な存在である。
浅丘ルリ子は、大女優であり、まぎれもなく大スターである。すなわち近寄りがたい存在である。だが、それは難攻不落な要塞の近寄りがたさではなく、手を伸ばすとまるで幻であったかのようにフワッと一歩向こう側へ遠のいてしまうような種類のものだ。
女優は約束の30分前に現場に現れた。浅丘さんが誰よりも早く現場入りするのはよく知られてぃる。映画の撮影現場や舞台の楽屋入りなどは1時間前と聞いたことがある。映画の世界に入った新人時代からの習慣が今でも続いている。現場には一瞬緊張が走ったが、浅丘さんと二言三言の会話をするうちにそれがほぐれてくる。スタッフのそれぞれに声をかける。その場の全員を感激させるのは、アシスタントと呼ばれるいわゆるまだ一人前ではないスタッフへの心配りだ。「ちゃんと食べてるの、あなたもジュースいただいてるの」と。若いスタッフや俳優たちの集まりであった日活育ちの浅丘さんにとって、現場の人たちはみんな仲間なのである。浅丘ルリ子という女優には、固まっている空気を動かす不思議がある。その場にやさしい空気が流れはじめるのである。
「女優という仕事は見てくださる方々に夢を提供することだと教わってきました」
映画『縁はるかに』で主役デピューをした少女時代から、ほとんどの時間を映画の撮影所ですごした浅丘ルリ子さんにとって、撮影所は学校のようなところだったのかもしれない。「映画スターは夢を提供する仕事」だと教わってきた浅丘さん。半世紀以上もの女優歴をもちながら、デビュー以来の女優としてのスタイルの軸が揺れることはない。本来、楽屋話であるはずの私生活の情報までもが人々の前にさらされるテレビのバラエティ番組をはじめとする現代のメディア状況のなかでも、浅丘さんが女優の顔以外で人々の前に現れることはない。その意味において女優・浅丘ルリ子はスターの要素であるミステリアスな衣をまとい、夢を見させてくれる奇跡的な存在なのかもしれない。