散歩は、街を一冊の本のように読むことだ。だから、スマホでの撮影は、読書感想を忘れないための、メモ書きみたいなものなのだ。この「スマホ散歩」を読んでくれた人が、それぞれの街を読書し始めたらとても嬉しい。何か楽しい風景に出会えることを願っている。
第30回 2022年10月28日
子供の頃は、どこの商店街にも本屋さんがあった。私が住んでいる梅丘にも「ぺージ屋書店」と言う本屋さんがあった。ネーミングからしてシャレている。同級生の女の子のお兄さんがやっていた。彼女もお兄さんもオシャレで、近所では1番のハイセンスな家族だった。さすが、本屋さんは違うなあと思った。書店が流行の先端に位置していたのだ。
なんと、かなり前から梅丘に書店は一軒もない。本を買う時は、急行の止まる駅まで行かなければならない。スーパーは4軒ある。美容室は沢山ある。不動産屋は沢山ある。飲み屋は沢山ある。医院も沢山ある。コンビニも沢山ある。花屋さんもケーキ屋さんもある。本屋はない。
明らかに、書籍は身近な存在としての地位から陥落した。応接間に必ずあった、世界文学全集が姿を消した。
今、私の指が、新しい本をめくるときの感触を思い浮かべている。ページからかすかに立ち上がるインクの匂いを思い出している。
はぎわら さくみ
エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだら何を書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の館長、金沢美術工芸大学客員教授、アーツ前橋アドバイザーを務める。